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カンボジアの歴史・民族・文化

2014-10-11

1.はじめに

東京協会・ワールドビジネス研究会及び(株)ワールド・ビジネス・アソシエイツ共催で、今年の4月に実施されたラオス・カンボジア海外事業調査団には、三多摩支部国際部より5名(徳久、杉浦、永吉、櫛田、田中)が参加しました。前回の第1回では、櫛田部員より「対カンボジア国際協力」について報告が行われました。今回は、「カンボジアの歴史・民族・文化」についてご報告したいと思います。

2.歴史

カンボジアの歴史は、「先史からアンコール王朝時代」「フランス植民地時代」「独立と内戦の時代」「新国家時代」に大別できます。

 

 

アンコール・ワット(出所:カンボジア王国観光省HP)

「先史からアンコール王朝時代」

カンボジアに人々が定住し始めたのは、紀元前4千年頃と言われています。紀元1世紀から7世紀前半までは、扶南(ふなん)王朝が、南部のメコンデルタ地帯を領域とした南部のメコンデルタ地帯を領域とし、交易で栄えました。

7世紀後半に入ると真臘(しんろう)が勃興。河川を掌握していた水真臘と陸路を支配していた陸真臘が対立するようになりました。8世紀初頭に、これをジャヤヴァルマン二世が統合し、アンコール王朝を興しました。11世紀には、アンコール・ワットの建立も行われ、アンコール王朝は、最盛期を迎えました。

しかし、15世紀にタイ(シャム)のアユタヤ王朝のとの戦いに敗れ、アンコール王朝は崩壊。その後、内紛による分裂が起こり、17世紀には分裂したそれぞれが、タイ、ベトナムに従属する結果となったのです。

「フランス植民地時代」

16世紀頃に、最初にカンボジアを訪れたのはポルトガル人でしたが、17世紀半ば頃からは、フランス人が多くやって来るようになりました。ノロドム国王は、タイ、ベトナムの介入を回避するために、フランスに支援を求め、1863年に保護条約を締結し、フランスの支配下となりました。

プノンペンに都が移されたのは、アンコール王朝の崩壊の時と言われています。その後、王都は転々としましたが、1866年、ノロドム国王の時代に、再びプノンペンに遷都されました。1884年にはフランス・カンボジア協約が調印され、フランス保護領カンボジア王国が樹立。1887年には、フランス領インドシナ連邦の設立と共に、その一部に編入されました。

「独立と内戦の時代」

1941年、フランスの意向により若きシハヌークが王位に就きました。1945年に、日本がフランス軍の武装解除を行うと、シハヌーク国王は、フランスの保護条約の失効とカンボジアの独立を宣言。しかし、同年の日本の敗戦により、独立は取り消され、再びフランスの支配下に置かれました。シハヌーク国王は、その後も国際世論への訴えを続け、1953年に、ついに独立を勝ち取ったのです。

シハヌーク国王は、父親に王位を譲って政治団体を結成し、王制と仏教を基盤として、社会主義、民主主義を実現しようとする国民運動を展開し、右派・左派のバランスを取ろうとしました。しかし、東西冷戦の中での中立外交は、次第に立ち行かなくなり、1965年に米国と国交を断絶、社会主義寄りの外交政策を取るようになりました。

これに対する国内の反発も強まり、1970年、シハヌーク首相の外遊中に、ロン・ノル将軍による無血クーデターによって親米政権が誕生。「クメール共和国」を樹立し、王制は廃止されました。シハヌークは、北京でポル・ポト率いるクメール・ルージュとの共闘を宣言し、内戦が始まりました。内戦は、しだいに共闘戦線側が優勢となり、1975年、ロン・ノルは国外に脱出しました。

しかし、ポル・ポトは、シハヌークを王宮に幽閉して首相の座につき、極端な共産主義を急進的に勧めようとしました。その結果が、キリング・フィールドで有名な、知識人らの大量虐殺に繋がったのです。1979年、親ベトナム派のヘン・サムリンがベトナム軍の支援を受けて、ポル・ポトを敗走させ、政権を握りました。その後、ヘン・サムリン政権に対抗すべく、シハヌーク派、ソン・サン派、ポル・ポト派が3派連合を組み、新しい内戦が始まったのです。

「新国家時代」

ヘン・サムリン政権を東欧諸国が、3派連合を西側諸国が支持する構図が続きましたが、冷戦の終結によりベトナム軍はカンボジアから完全に撤退。1989年には、国名を「カンボジア国」とし、国旗を変更しました。

カンボジア王国国旗(出所:外務省HP)

1991年には、「パリ和平協定」が締結・調印されて内戦は終了し、シハヌークは、カンボジアに帰国しました。1993年には初の国民議会選挙が実施され、人民党のフン・セン、フンシンペック党のラナリットの2人首相制とする連立内閣が誕生。新憲法が採択・公布され、シハヌークが国王の座につき、立憲君主制が復活しました。新生「カンボジア王国」の誕生です。

3.民族

2013年の政府統計によると、人口は1,470万人。90%が、カンボジア人(クメール人)とされています。クメール人は、5~6世紀頃、南ラオスのチャンパサック地方から南下し、カンボジア南部、セン川流域に住み着いた、と言われています。80%以上が農業に従事しており、稲作が中心となっています。

インドシナ半島の先住民族であるチャム人は、中部ベトナムに海洋貿易国家として栄えたチャンパ王国の末裔であり、トンレサップ湖周辺やメコン川沿いに居住し、多くは漁業に従事しています。

ベトナム人は、フランス植民地時代に多く居住していましたが、内戦の勃発後は虐殺の対象となり、かなりの人数が国外に逃れました。ポル・ポト政権を崩壊させた後も、10年に渡ってベトナム軍が駐留し、ベトナム語が学校教育の第1外国語だった時期もあります。

華人(華僑)はアンコール王朝時代から居住し、交易に従事してきました。現在も都市部と農村部の商業地域に多く居住し、大半は商業活動に従事しています。その他にも、クイ族、タンブーン族、スティエン族等、約20の少数民族が存在しています。

憲法により、公用語はクメール語(カンボジア語)と定められています。系統では、モン・クメール語族に属しており、国名など公的なものを表す時は「カンボジア」、民族、文化等に関する場合は「クメール」の名称を使用する事が多くなっています。カンボジア人は、インドからきたカンブ王子の子孫であるという神話があり、「カンボジア」は「カンブ王子の子孫」を意味します。

国教は仏教である、と憲法により定められています。国民の97%は上座部(じょうざぶ)仏教の仏教徒であり、少数のイスラム教徒、キリスト教徒、カオダイ教徒等も存在します。上座部仏教は、小乗仏教とも呼ばれ、スリランカ、タイ、ミヤンマー等の南部に伝わりました。チベット、中国、日本等、北部のルートで伝わったのが、大乗仏教です。輪廻の思想があり、現世で功徳を積むことにより、来世で良い身分に生まれ変われることを期待しており、寺院への寄進に熱心です。

アンコール・ワットは、スールヤバルマン二世が、1113年から30年以上を掛け、ヒンドゥー教の思想に則って建立した、ヒンドゥー教寺院です。しかし、16世紀後半には、上座仏教の重要な聖地として機能していました。ポスト・アンコールの王たちは上座部仏教の信徒であり、敢えてこの聖域に手を加え、ヒンドゥー教の寺院から、上座仏教の寺院へと作り変えることより、アンコール王朝を超えようとしたものと考えられています。

文化

紀元1世紀から7世紀前半まで栄えた扶南(ふなん)王朝は、中国とインドの交易の中継地であり、様々な文化の影響を受けました。その後のアンコール王朝の時代を経て、古典舞踊、影絵芝居、歌謡、音楽等、カンボジア独自の豊かな文化が生み出されました。

 

伝統舞踊(出所:カンボジア王国政府観光局FB

カンボジアの文化は、大きく宮廷文化と大衆文化に分けることが出来ます。

宮廷文化は、アンコール王朝時代にもっとも繁栄し、代表的なものに、宮廷舞踊と仮面劇があります。宮廷舞踊で最も有名なのは、「アプサラの踊り」です。「アプサラ」は、インドでは水の精を意味しますが、カンボジアでは、天女に近いものと捉えられており、アンコール・ワットのレリーフにも描かれています。仮面劇は、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」を題材にしたものが、よく知られています。

大衆文化では、影絵芝居(スバエク)に人気があり、アンコール・ワットのあるシェリムアップ周辺で主として演じられてきました。

また、アンコール・ワットのレリーフに代表されるように、高い彫刻技術が発展し、銀器や木工製品が作られてきました。カンボジアスタイルのスカーフ(クロマー)や女性の巻スカート(ソンポット)等の織物も、土産物として高い人気を誇っています。

以上、カンボジアの歴史・民族・文化について、ご報告しました。

今回の調査団は、首都プノンペンのみに滞在し、残念ながら、アンコール・ワットを訪れる機会はありませんでした。しかし、ポル・ポト政権下で知識人らの迫害に使われた、トゥール・スレン刑務所を見学し、内戦の時代の悲惨さを実感しました。また、セントラルマーケットでは、首都ならではの活気と喧騒を体験することができ、実りある訪問となりました。

  (田中 均)

 

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