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ジャカルタ・チョンガー物語

2012-07-28

ジャカルタ・チョンガー物語

2012年7月28日
東京都中小企業診断士協会
三多摩支部国際部
中川 泰夫

 

高度経済成長が終わりを告げた1970年代、日本企業は海外に活路を見出すべく世界各地に展開した。「企業戦士」といわれた男たちが単身、未知の国々での仕事に挑んだ。

風の中のすばる
砂の中の銀河
みんなどこへ行った・・・

仕事でも日常生活でも、日本ではありえない出来事を経験できるところが海外勤務の醍醐味の一つです。本稿では、私が1979年から3年間、インドネシアのジャカルタに単身赴任した折りに使用人を使った経験をご紹介いたします。今後海外展開される場合のご参考になれば幸いです。

一般家庭で使用人を雇うのは、日本ではごく一部の上流家庭に限られるでしょうが、発展途上国駐在員の場合、ホテル滞在でもしない限り使用人なしで生活することは困難です。私が初めての海外勤務地として派遣された約30年前のインドネシアでは、邦人の一般家庭では家事手伝い(1~2人)と自家用車運転手の合計2~3人を雇うのが標準的でした。私は単身赴任で、会社が借り上げた8ベッドルームの単身者寮に入居することになり、そこでは、炊事・買物(A女)、洗濯・掃除(B女。Aの妹)、庭掃除・雑用(C男)、守衛(D男)の4人が5人の駐在員(+出張者)の面倒を見てくれていました。

毎日夕食後、寮長がAと当日の買物の精算を行い、翌日の買物用の前金を渡すという方式がそれまで5年間続けられてきました。赴任して4か月後、会社の購買責任者でコスト削減を使命とする私が寮長に選任されたのが、Aにとっての不運でした。

初めはそれまでのやり方を踏襲しましたが、次第に買物の内容がおかしいという疑問がわき、消費量をチェックしやすいビール(小瓶)に注目し、全員が栓を開けるたびに食堂の黒板に「正」の字を書いていくことにしました。すると、私たちの消費量は約70本/週でしたが、Aは40本/ケース×2=80本を3~4日毎に買っていたということが分かりました。次に目を付けたのが米です。40kg/袋を月に2回(時には3回)買っていたのですが、単身者たちにはその当否が分からないため、家族帯同者に聞いたところ、朝夕和食なら4人家族で20kg/月程度ということが分かりました。

他にもいくつかデータを取り、会社の現地人マネージャに相談したところ、「即刻首にすべし。ただし、日本人では手に負えないから、次の土曜日に私が処置する。本人たちにはそれまで何も言わないで」ということになりました。彼は、土曜日の朝9時に到着するとすぐにAをロビーに来させ、厳しい顔で罪状を告げ「10時までに出ていくように」と宣告しました。話が終わるとAは一言も発せず自室に戻り、Bとともに荷造りをはじめ、1時間後には、どうやって手配したのか門前に来ていたリヤカーに荷物を積んで出ていきました。私たちがやっていたら、Aからの抗弁や哀願にあって大変なことになったと思います。あとで、荷造りを監視していたマネージャから「ずいぶんやられましたね。彼女たち金製品をたくさん貯めこんでいましたよ」と聞かされましたが、それに腹を立てるより「もうだまされずに済む」という安堵感の方が勝っていました。

マネージャが帰宅して寮生だけになり、「これからしばらく外食だね」というような話をしていたところにCがやってきて、「来客だ」という。表に出ると門扉の外に若い女性が立っており、用件を聞くと「私は日本料理が作れるので、メードとして雇ってほしい」とのこと。口コミの情報伝達の速さに感心しつつ、中に招じ入れて詳しく話を聞くことにしました。

「私は、S社のTさんのお宅でメードをしていたEです。奥様に教えていただいた日本料理が作れます。例えば、天ぷら、カレーライス、とんかつ、ステーキ、ギョーザ・・・」とできるメニューを披露してくれました。T氏のことはよく存じ上げていたうえ、私の好物を知っているようなメニューにも心を動かされました。さらに、「私は洗濯もやるから、今までの二人の代わりに私一人を雇えばよい」と購買部長を泣かせる提案もしてきたので、「採用。いつから働ける?」、「今日から」、「OK」ととんとん拍子で話がまとまりました。

寮生全員で昼食に出かけて帰ってくると、Eはメード部屋に陣取り、「これから夕食の買い物に行く。何が食べたいか」、「天ぷら」。

夕食はT夫人仕込みのおいしい天ぷらでビールと会話が弾み「いい子が見つかってよかったね」とみな上機嫌でした。翌日のカレーライスも結構いけるものでした。月曜日に出勤するとT氏に電話をして「お宅で働いていたEを雇うことになった。早速日本食を楽しんだ」と言ったところ、何か合点がいかないという感じの反応なので、「T氏宅で働いたというのはウソだったのか」と思っていると、「あの子は洗濯係で、料理はできないはずだが…」とのこと。奥様は教えていないので、恐らくメード仲間から教わったのだろうということでしたが、私たちにとっては、料理ができればその習得方法は問題ではありません。

そして3日目はとんかつ、4日目はステーキ、5日目にはギョーザ…と初めの一週間毎日違うメニューが出てきて私たちを喜ばせてくれました。そして8日目、あのおいしい天ぷらです。9日目、結構いけるカレーライス。10日目、とんかつ、11日目、もちろんギョーザです。面接でEが披露してくれたのは、彼女ができるメニューのすべてだったのです。

料理が趣味という寮生の一人が「俺が別のものを教えてやる」と一肌脱いでくれ、徐々にメニューの幅が広がって、私たちはまた「いい子が見つかってよかったね」という気分になったのですが、しばらくすると味がおかしくなってきました。聞くと「スキヤキには酢を入れてみた」、「かつ丼にはチャベイ(激辛唐辛子)を加えた方がおいしい」と創意工夫に励んでいたのです。

洗濯物は各自が自室のバスケットに入れておくと、夕方にはきれいにアイロンがかかって戻されている、ということになっていましたが、ある日会社から帰ってきて愕然としました。出張の時に空港や機内で買って気に入っていたブランド物のネクタイ数本が、よれよれになってバスケットに入っていました。Eは、私がよく使うネクタイが汚れているだろう、と気をきかせて洗ってくれていたのです。「バスケットに入れたものだけを洗う」というルールを教えていなかったのが失敗でした。

しばらくして家族帯同の同僚が帰国することになり、その奥様から「うちで使っているメードFを寮で雇ってくれないか」というお話がありました。「私が料理を教え、一か月間毎日違うものを出せるくらいレパートリーが広いので、皆さんにも喜んでもらえると思う」とのことで、即決で採用したのは言うまでもありません。実際に雇ってみると話にたがわぬ腕前で、毎日の食事が楽しみになりました。Fが来てからEは洗濯係に格下げになりましたが、腕前の差は歴然としていましたので文句を言うこともなく、仲良くやっていました。

F,E,C,Dの使用人4人との間には、私が帰任するまで良好な関係を築くことができました。その間に派遣者の構成が変わって寮生が二人だけになり、また私の帰任と寮の賃借契約満了がほぼ同時期になったこともあり、契約を打ち切り同じグループの現地別会社の単身者寮に移ることになりました。

使用人達には引っ越しの一週間前に解雇を通知し、最後の晩には、D以外の3人を招待してレストランで会食し(Dにはテイクアウトをお土産にして)私たち寮生の感謝の気持ちを伝えました。

そして引越しの日。

朝起きると、食堂の黒板に「中川さん、XXさんありがとう」というメッセージが書かれ、二人分の朝食がテーブルに用意してありましたが、使用人が誰ひとり出てきません。メード部屋を見にいくときれいに片づけられ、なぜか私たちと最後の挨拶も交わさずに退去したようでした。

引っ越し業者が来て作業が始まり、使われていない6つのベッドルームのドアを開けた時にそのわけが分かりました。どの部屋も、ベッド、タンス、机、椅子、エアコン、照明器具等の備品が持ち出され、もぬけの殻になっていたのです。単身者寮では通常、雇い主は朝出勤すると夜まで帰ってこず、使用人たちは日中全くフリーな状態に置かれます。私たちの勤務中に部屋の掃除、洗濯ものの出し入れ、出張者があるときにはその受け入れ準備等をしてもらうため、全室の鍵をFとEに預けていましたので、時間がふんだんにある昼の間に、部屋にあるものを運び出して売り払っていたのでした。うかつにも採用時に住民票や身分証明書のようなものを取っていなかったため、彼らについては愛称以外の身元情報がなく、警察への連絡は断念しました。家財道具には損害保険をかけていたため、保険会社に相談したところすべて保険でカバーされることになり、経済的な実損が出なかったのがせめてもの救いでした。

日本人と現地人、雇い主と使用人という立場の違いがあっても、誠意をもって接すれば信頼関係が築かれるはずだ、というのは甘い幻想であったのかもしれません。

しかし、私たちの常識では「窃盗」ですが、イスラム教の道徳では、私たちは「喜捨」の功徳を施す機会を与えられたと理解することも可能です。また、寮生たちの私物がなくなることはなかったことから、私たちの信頼はある程度は彼らにも通じていたのではないかと思っています。

ジャカルタでは、仕事面でもさまざまな苦労がありましたが、今となってはすべてが楽しい思い出です。いつの日か再訪し、当時の仕事仲間やF、Eらと会ってみたいものです。

以 上

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