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中小企業と「為替感応度」

2017-10-15

東京都中小企業診断士協会
三多摩支部国際部
岩橋 健治

為替感応度とは?

為替感応度とは、一般に「為替レートが1円変化したときに企業の利益がどれだけ変わるか」というものです。つまり「為替相場の変動が企業の利益に与える影響」とされ、多くの上場企業が決算発表の新年度業績見通しにおいて、想定相場と為替感応度を公表しています。またマスコミやアナリストによる業績予想にも、為替相場変動分を企業の為替感応度に応じて織り込むのが常識となっています。

ところが、「為替感応度」という言葉の定義がきちんと定まっているわけではなく、企業や人によって、微妙に意味が異なって使われているため、実は誤解を招きやすい言葉となっています。大きく分類してみると表のようになるので、各企業発表の「為替感応度」がどれに当たるかは注意して聞く必要があります。

一番狭義の意味では、単純に「外貨建輸出-外貨建輸入+現地法人の外貨建利益」という計算をすれば出てくる数字ですから、簡単に計算でき公表もしやすいものです。しかし輸出入取引の値決めをする際に為替変動分を仕入先や販売先へ転嫁するメカニズムや営業努力分、あるいは為替先物予約等金融商品によるヘッジをどれだけ行っているか、行うつもりなのか等、については考慮されていません。従って、「為替感応度」はかなり大きい数字であっても、企業業績への影響度自体は実は小さいということもあり得るわけです。つまり「為替感応度」通りに業績に影響が出るとは限らないため、マスコミやアナリストによる業績予想に「為替感応度」を織り込むだけでは不十分であり、誤解のもとということが言えます。

各企業が為替変動リスクを抑えるために行っているさまざまな対策は大きく分けて、以下のように整理できます。

①「為替リスクに中立的な事業構造への転換(全社的な取り組み)」
a)輸出と輸入のバランスをとる ⇒対策後の感応度:「狭義の為替感応度」
b)取引の値決めをする際に為替変動分を取引先へ転嫁する
⇒対策後の感応度:「自然体為替感応度」

②「それでも残る為替リスクに対する金融商品によるヘッジ
(財務・経理部門の取り組み)」 ⇒対策後の感応度:「実質為替感応度」

では、中小企業にとって「為替感応度」のコントロールをどう考えたらよいでしょうか?

まず、輸出入のバランスに関してですが、中小企業では輸出入双方のビジネスを行っているケースは稀だと思います。従って、狭義の「為替感応度」は外貨建て輸出か、外貨建て輸入のボリュームそのものが対象になります。USD10百万の輸出企業であれば、狭義の為替感応度は10百万円になります。10円の変動で1億円のブレというわけです。

当然、その狭義の為替感応度を抑える対策を打つ必要があり、取引の値決めをする際に仕入先や、販売先にどうやって転嫁するかが重要となります。例えば、輸入企業で国内販売先との値決めについて、「為替変動分はお互いに50%ずつ負担しましょう。」というのも一つのやり方です。この方法により、「自然体為替感応度」は狭義の「為替感応度」の50%に下がります。10円動いても50百万円のブレで済むわけです。

自社製品に競争力があり円建てで海外の取引先への販売ができている輸出企業でも、同じような対応がされているケースがあります。 輸出建値が円建てであれば、こちらには為替リスクはないように見えますが、販売先が為替リスクを負っており、円高になれば苦しくなるのでこちらからの「値下げ」ができなければ、取引自体がなくなるという形で、跳ね返ってくる可能性があります。その意味で、円建てで取引を行うことができても、為替リスクは存在するのです。(「円建てでの輸出入は究極の為替リスクヘッジだ。」と言っている学者先生もいらっしゃいますが、それは取引の実際を踏まえていない発言だと思います。)その場合にも、「為替変動分は50%ずつ負担しましょう。」という約束をして、円建ての値段設定を可変とする対応をしている中小企業もあります。つまり、取引先との間の値段設定を通じて「自然体為替感応度」のコントロールを行うということです。

その上で、為替先物予約等の金融商品でヘッジを行い、「実質為替感応度」をどの程度に抑えるのかが問われることになるわけです。為替変動の企業業績への影響度を抑えることという観点からは、「実質為替感応度」をどうやって抑えるかがポイントということになります。

 

日本企業は為替リスクヘッジ量が少なくヘッジ期間は短い

さて、事業法人が取る為替リスクは金融機関と比べてどの程度なのでしょうか? 対ドルの為替感応度10億円の輸出企業は結構あります。発表されている「為替感応度」が上記のどれを意味するのかにもよりますが、何らリスクヘッジ対応をしていないとすると、10億ドルのドル建て債運用と同等の為替ポジションを取っていることになります。さらに為替感応度は1事業年度の影響度であり、対象を次年度以降(例えば3年間)まで含めれば、実はかなりの額となります。メガバンクの為替部でも、生保のヘッジ無し外債投資でも常時これほど大きなオープンポジションを取っていることはほとんどないと思われます(注)。

グラフは為替リスクヘッジの企業割合と期間の国際比較です。ヘッジ期間を1年超と回答した企業の割合は、グローバル調査の50%に対して日本企業はほとんどなく、日本企業のヘッジ期間の短さが目立ちます。2000年以降のドル円相場は年間変動幅平均約15円に対し、3年間変動幅平均は約29円にもなっているにもかかわらず、ヘッジ期間が短いのは問題ではないでしょうか?

 為替リスクヘッジ期間が短く、為替リスクをとっている量が多ければ、為替変動が企業業績に与える影響が大きいのは極めて当たり前のことです。従って企業業績安定化を図るには、ヘッジ期間の長期化を通じて為替リスクヘッジ比率を高め、為替感応度を抑えることが重要であると言えるわけです。

 

中小企業も想定外の為替変動に対処するために「為替感応度」コントロールを!

2000年以降のドル円相場の3年間変動幅平均が約30円ですから、為替感応度が10百万円であっても、3億円のブレの可能性があるわけです。有利な方向への変動なら良いのですが、不利な方向への変動であれば、経常利益3億円がゼロになるリスクがあるということです。従って自社の利益計画と、為替感応度を見比べて、どの程度の範囲の為替変動なら耐えられるのか、つまり「想定内」の変動幅と言えるのかをまずは確認してみましょう。更にその数字が1桁の変動幅だった場合は、最低でも15円から20円程度の変動幅になっても耐えられるように、対策を打つ必要があると思います。対応策は上記の通り、金融商品を使わないでできる方法もありますので、いろいろな形で為替感応度を抑える努力をするべきだと思います。

(注)為替感応度には海外子会社等の外貨建て利益の円換算額も含まれるため、実際の輸出入Exposureはその分だけ減額して見る必要がある。