経営者の方へ「経営者であるために:経営戦略」
経営戦略
1.経営戦略とは
3年、5年後、あなたはどうなっていたいでしょうか。それを実現するための課題とは何でしょうか。その課題を解決するために「何を、どの順番で、どのように」実行すればいいでしょうか。経営戦略とは、ありたい姿を実現するための「変革のプロセス」です。この章では、企業経営における目標を実現するための戦略の立て方についてご紹介します。尚、経営戦略の定義はまさに諸子百家であり、人により様々な定義が存在しますが、本章では実務で使えるよう分かりやすさを優先しています。
【変革のプロセス】
2.ありたい姿
まずは、ありたい姿(ビジョン)を考えてみます。ありたい姿(ビジョン)は「到達すべき地点」のことです。例えば、Amazonのありたい姿(ビジョン)は、定性的には「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」であり、定量的には、国や事業部によって異なりますが「2020年に市場シェアNo1」という形で具体的な目標を置いています。
「ありたい姿といわれても、漠然としていてなかなか言葉にできません。考えるコツは何でしょうか?」という質問をよく受けます。その際には、まずは漠然とした想いをスケッチに描くことをお勧めしています。枠にとらわれずに、想像力を膨らませて、こういう状態であったら楽しいな、嬉しいなと気軽に描いてみてください。例えば、閉園の危機にあった北海道にある旭山動物園の再生のきっかけとなったのは「本当はこんな動物園を作りたい」という夢を描いた14枚のスケッチです。
ありたい姿(ビジョン)を定性的に描けたら、先ほどのAmazonの例のようにありたい姿(ビジョン)を数値目標として設定(=定量化)します。例えば、1年後に売上高1億円や市場シェア1位など、具体的な時期と数値目標を立てます。これにより、ありたい姿(ビジョン)が明確になり、以下で述べる現状分析とのギャップを埋めるためのアクションがより具体的なものとなります。
3.現状分析
ありたい姿が明確になった後は、現状分析です。この現状分析が最も大切です。なぜなら、最初の診断を間違えてしまえば、課題設定とその対策を誤ってしまい、成果に結びつかなくなってしまうからです。医者に例えるならば、頭痛の患者に胃薬を処方してしまうようなものです。
自社の現状をとらえることは、これまで行ってきたことの「できていないこと」や「課題」を洗い出していくため、時には厳しい現実を受け止めなければなりません。しかし、そこから目をそらさず、受け止め、未来志向でどうするのかを考えることから変革が始まりますので、逃げずに正面から取り組むことが大切です。
特に現状分析では、①隠れた「強み」を見つけること、②変化を阻んできた「真因」を突き止めることが大切です。そのための3つの手法をご紹介します。
1)3C分析
3C分析とは、顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の観点から「事業の方向性」を導く手法です。具体的には、①顧客の「未来のニーズ」は何か、②どのような価値を、どの顧客に届けるのか、③競合とどのような差をつけるのか、④どのような強みを磨く必要があるのか、について考えます。3つのCをいったりきたりしながら、将来の事業のあり方を検討します。
【3C分析】
2)SWOT/クロスSWOT分析
SWOT分析は、自社内部の「Strength(強み)」と「Weakness(弱み)」、自社を取り巻く外部にある「Opportunity(機会)」と「Threat(脅威)」を整理し、将来のニーズや課題把握を行う手法です。特に競合と比較した際の「強み」を見つけることに注力してください。具体的な強みの例は以下のとおりです。
そして、SWOT分析で整理した情報を組み合わせることで、戦略の方向性を検討します。
S×Oは、自社が強く外部に機会がある場合です。例えば、サービス業で、商品開発力を活かして外国人観光客向けのサービスメニューを提供する等、この領域では現在の活動を強化してシェア拡大を図ります。
S×Tは、自社に強みはありますが、外部に脅威がある場合です。例えば、飲食店でエリアでのシェアは高いですが、半年後に大手チェーンが進出するケースなどです。この場合、競合との差別化を考え、競争を回避することが大切です。
W×Tは、自社の強みが不足しており外部に脅威がある領域です。例えば、製造業で自社装置が競合に比べて技術的に遅れており、競合も多く、市場も伸びていない領域です。この領域では、経営資源をかけず撤退することが基本的な戦略となります。
W×Oは、外部に機会はあるが自社が弱い領域です。例えば、ベトナムの市場が急激に増加しているが、自社にベトナムへの販売網がない場合などです。この場合は、①アライアンスやM&Aを用いて弱みを強みに変えることと、②あえて静観し何もしない等、優先順位をつけて対応することがセオリーです。限られた資産を有効活用するためには、SWOT分析を用いて各カテゴリーに応じて、強化、差別化、優先順位、撤退という方向性を見出すことが大切です。
3) 真因分析
現状分析の過程で様々な「課題」が見つかると思います。しかし、課題は表面的なことが多く、課題の裏には「真因」が隠れています。例えば、売上が下がっているので営業力強化をお願いしたいと相談を受けた時のことです。社長は、売上が伸びないのは営業マンの努力不足なので、訪問件数を評価指標に設定して進捗を追うことを希望しました。しかし、営業マンと面談をすると皆やる気を失っており、今にも退職しそうな状況でした。
なぜ売上が伸びないのか?訪問件数が少ないから。なぜ訪問件数が少ないのか?訪問してもしなくても変わらないから。なぜ変わらないのか?社長が評価してくれないから・・・。売上が伸びない真因は、訪問件数が少ないことではなく、営業マンと社長との信頼関係が損なわれていたことでした。「頑張っても社長は認めてくれない。やるだけ無駄。」という営業マンの心をケアしない限り、改善は一過性のものとなります。
このように、課題に対して「なぜ」を繰り返すことで「真因」に迫ることが大切です。多くの課題は、最終的に経営者の問題になることが多く現実を直視することが難しい面もありますので、外部専門家などを活用し支援を仰ぐことも有効です。
【コラム】夢と現実のはざまで
戦略立案を支援している際に「ありたい姿を考えてせっかく夢を描いたのに、現状分析で現実に引き戻されてしまう」という意見をよく伺います。想い(ビジョン)と論理(戦略の方向性)に極端な齟齬が生じるケースです。例えば、ありたい姿は日本No1なのに対して、戦略の方向性を論理的に考えると「W×T=撤退」となってしまう場合、どのように対処すればよいのでしょうか。そのような場合の対処策として3通りの考え方があります。
1)ビジョンを優先する(論理 < 想い)
2)ビジョンをスケールダウンする(論理 > 想い)
3)ビジョンをブレークダウンし、大きなビジョンに向けた小さなありたい姿を描く(想い≒論理)
実務では、3)を推奨しています。大きなビジョン達成には時間がかかるので、もう少し近い通過点でのビジョンを描きます。先の例では、日本No1の前に、エリアNo1や既存顧客にとってのNo1等、ビジョンを時間軸に沿ってブレークダウンしてみましょう。想いとロジックはトレードオフの関係ではありません。時間軸をずらしながら両立させる方向を導きだしましょう。
4.変革のプロセス
そして、ありたい姿(ビジョン)を実現するための変革のプロセスを策定します。具体的には、①マーケティング、②営業、③財務、④組織・人事、⑤生産・製造、などの切り口から戦略を策定します。それを、さらに「いつまでに、誰が、何を、どうするか」といったアクションプランに落とし込みます。アクションプランを作成することで、行動が具体的になり、改善へのスピードや成功確率が高まるからです。
作成のポイントは、①改善策をシンプルに作る(行動を因数分解してダブらないようにする)、②具体的な数値目標を設定する、③期待効果を想定する、④実行難易度を想定する、⑤かかるコストを想定する、⑥これらを踏まえて優先順位をつけることです。
運用のポイントは、①立てたプランを“やり抜く”こと、②上手く実施できない場合は修正・改善すること(当初プランは仮説に過ぎないため)、③定期的に進捗を確認することです。
以上のように、戦略をアクションプランに落とし込み、スピード感を持ってPDCAを回すことで「変革のプロセス」を進めることが大切です。日々の小さな行動の積み重ねがやがて大きなビジョンを実現しますので、“やり抜く”ことを意識して取り組んで参りましょう。
【コラム】中小企業はニッチな市場のNo1を狙う/ランチェスター戦略
ヒト、モノ、カネ、情報など経営資源が乏しい中小企業の戦い方として「ニッチな市場のNo1を狙う」方法があります。簡潔に言うと、「勝てる小さな領域で、大企業と差別化できる商品/サービスで、市場シェアNo1を目指す」ことです。例え小さな市場であっても市場シェアを占有することで、参入障壁が高まり、高い利益率を確保できます。
5.未来をつくる
経営とは「未来をつくること」だと思います。そして、会社の未来を描けるのは、他の誰でもない、社長自身です。ぜひ、今回ご紹介させていただいた手法を通じて、3年、5年先のありたい姿(ビジョン)を描き、ワクワクドキドキしながら毎日を過ごしていただければ幸いです。日本の99.7%を占める「中小企業経営者のビジョンが日本の未来を明るくする」と私は信じています。
≪執筆者紹介≫
伊藤祐太 / 中小企業診断士(2015年登録) 石油元売会社にて石油製品の販売並びに特約販売店の経営力強化に従事した後、コンサルティングファームでの事業再生、経営改善、成長戦略の経験を経て、現在は、外資系IT企業にて、ECでの売上最大化をミッションに上場企業のコンサルティングに従事。診断士としては、”心”に寄り添った支援を信条として、製造業を中心に経営改善を実施している。