経営者の方へ「経営者であるために:起業家精神」
起業家精神
近年、インターネットやスマートフォンなどの台頭もあり、私たちの生活はどんどん豊かになっています。たとえば、あたり前と思われるかもしれませんが、20年前には情報を調べるためには、人々は図書館に行って情報を取得していました。それが今ではブラウザにキーワードを入れるだけで、世界中からさまざまな情報を得ることができる世の中になっています。
その背景に、社会にそのような新しい事業やサービスを創出する「起業家」という存在がいます。そして、彼らがもつ「起業家精神(アントレプレナーシップ)」が注目されています。多くの学者やビジネススクールにて、これまでも研究されてきましたが、変化や進化をしているためか、いまだに明確な定義はできていません。ただし、社会をより良いものへと変革し、新しい事業やサービスを創造する起業家に共通する要素の一つとして、この「起業家精神」が挙げられます。
今回は、この「起業家精神」について説明することで、その大切さを理解していただき、ご自身の経営にどのように向き合い活用できるかを考える機会としていただきたいと思います。
「起業家精神」を「①言葉の再定義、②重要性の理由、③醸成と活用」の順で説明していきます。
①「起業家精神」とは何か。日本におけるその定義の誤解。
まずは、言葉の定義を明確に理解するために、頭の中の誤解を解く必要があります。
起業家は、英語でEntrepreneur(アントレプレナー)。そして、Entrepreneurship(アントレプレナーシップ)とは、それに日本語で言う「精神」がついたものです。
実は、日本に伝わり翻訳されることで、大きく2つの誤解が生まれたと言われています。
1.ベンチャー企業のような企業だけが「起業家精神」をもっているという誤解
多くの方は、ベンチャー企業のようなイメージのみをもっている傾向があります。つまり、業を「起こす」、「起業家精神」です。実は、業を起こすのみではなく「企てる」、「企業家精神」も該当し、大企業や中小企業、行政機関でも重要となる共通の概念なのです。
※本文においては、以降では共通して「起業家精神」と記述します。
2.「起業家精神」が、人が生まれながらにしてもつ「先天的資質」であるという誤解
多くの方は、生まれつき保有している先天的資質だと思われていることがあります。しかし、実際には、起業家精神というものは、リーダーシップと同様に、スキルや行動特性の集合体であり、ある程度は「後天的にも学びうるもの」であると、数々の起業家を輩出してきたスタンフォード大学教授のティナ・シーリグ教授は、著書『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』にて言及しています。
したがって、「起業家精神」とは、ベンチャー企業だけでなく、既存の中小企業などの経営者も後天的に身に付けることができ、自らの行動で社会に新たな価値を創出できるということです。逆に言うと、経営者だからと言って「起業家精神」が備わっているというわけではありません。
②なぜ、近年において「起業家精神」が重要視されているのか。
なぜ「起業家精神」が近年は重要視されているか、それを日本の開業率の観点も踏まえて説明します。
結論を言うと、私は、社会や企業、人々が「イノベーション」を必要としているためであると考えます。
「イノベーション」の定義は、技術革新が連想されますが、本質は「従来の常識・様式・構造が劇的に変化し、人々の生活が大きく変わること」です。それを創発する存在が「起業家」で、その原動力となる要素が「起業家精神」となります。
次に、起業=開業ととらえて、現在の日本における「起業家精神」の重要性を読み解いていきます。
1.日本の開業率と世界との比較によると、日本の開業率は低い
中小企業庁の統計によると2017年度の日本の開業率は「5.6%程度」となっています。確かに、フランスや英国などの10%を超える欧米諸国に比べると、確かに低くなっています。統計の方法にも一理あるかと思いますが、肌感覚でもその方向性は正しいかと思います。
出典:「中小企業白書(2019年度版)」(中小企業庁)
2.日本の開業率推移から見ると、実は日本の開業(起業)の需要は増加している
ここで、「開業率の低さ」だけではなく、「日本の開業率推移」に少し注目していきます。
1990年代のバブル崩壊後、失われた10年といわれる中で、開業率は右肩下がり。これは、終身雇用が社会に浸透する中で、新たに起業することの必要性が薄かったのではないかと推察します。
出典:「中小企業白書(2019年度版)」(中小企業庁)
しかしながら、実は、2001年以降の日本の開業率は、2008年前後のリーマンショックを例外として除くと、右肩上がりに推移していることがわかります。
これは、他国に比べて、日本においては徐々に起業熱が上がっており、それと連動するようにイノベーションを起こすための「起業家」、そして「起業家精神」の重要性も高まってきていると考えます。
③「起業家精神」を醸成するための素養を理解し、経営への活用を考える。
最後に「起業家精神」を醸成するための素養を明確にすることで、どのような意識や鍛錬をすればよいのか、どのように各企業の経営に取り入れることができるのかを説明します。
素養について、ハーバード・ビジネススクールのハワード・スティーブンソン教授は、『Harvard Business Review(Entrepreneurship: A Working Definition)』の中で、「起業家精神とは、コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」だと言及しています。つまり、経営資源が少ない中で、創造性や創意工夫、機会をつかむ機敏な姿勢、情熱溢れる説得力で人々を魅了し巻き込んでいく行動力などです。
私は、「本当に重要な根本にある要素・マインドは何であるか」を考えました。そこで、辿り着いたのは、「起業家」のもつ共通の特徴です。それは、「自らの価値観の軸をもち、自分の可能性を信じている」ということです。グロービス経営大学院の堀学長も、著書『吾人の任務』において「起業家かどうかの違いは、自分の可能性を信じることができているかどうか」と言及しています。
確かに、「起業家」は、自分を囲む環境や社会を新しい価値観の軸で見ることができるため、一般的に難しいと思えることも違う視点でとらえている傾向があります。そして、自分の可能性を信じており、走りながら考え、周りの人を動かし、成し遂げたいことをとことん追求しているように思います。
まずは、「自分の価値観をもち、自分の可能性を信じること」。それこそが、起業家精神を醸成する根本の要素・マインドであり、かつ自身の成し遂げたい事業やサービスを成功へと導く原動力となるのです。
さらに、もう1つ重要なことがあります。堀学長が言及していた「起業家精神は、伝播する」ということです。「起業家精神」をもつ「起業家」は、自身のみならず、周りを動かす力があります。成功した起業家の周りには、自身の強みを高め、弱みを補完する仲間や協力者の存在があります。
欧米諸国では、起業がエコシステム化されており、起業家仲間、VC(ベンチャーキャピタル)、アクセラレーターなどの協力者や支援者との距離が近く、まるで家族のように密に連携をしています。
日本では、その取り組みが遅れており、核家族のように経営者自身で何でもやろうとする傾向があります。よって、是非とも、多くの起業家仲間や協力者、支援者に一歩近づき連携することが重要です。
現在、日本では、中小企業とのオープンイノベーション、中小企業庁の起業家教育など学生に対して「起業」を教える動きも活発になってきました。中小企業が企業数の99%を占めており、経営者の一人一人が「起業家精神」をもつことが求められています。明るい日本の未来のためには、皆様のご協力が必要です。是非とも「起業家精神」を醸成し、「起業家(企業家)」として、ともに挑戦を続けましょう。
≪執筆者紹介≫
中小企業診断士 高橋 信行(たかはし のぶゆき)
大手外資系IT企業にて7年間。SE・コンサルタントとしてモノづくりの楽しさ、可能性を経験する。
その後、大手国内IT企業に転職し12年。Webサービスの立上げや開発、グローバル事業に従事する。
途中、ビジネススクールのMBA(経営学修士)取得過程で、経営学の楽しさ・面白さを知り没頭する。
近年では、新規事業やサービスの立上げ、中小企業とオープンイノベーションを推進する役割を担う。
中小企業診断士資格を取得後、経営コンサルやIT導入支援、商店街支援、セミナー講師などを行う。