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経営者の方へ「事業承継・世代交代:事業の承継」

2020-03-10

事業の承継

 最近「事業承継」という言葉をよく耳にします。かつては創業者らが引退しても当然のように後継者に承継されていました。今関心が集まるのは、事業の継承が一般的に難しくなっているということでしょう。もっとも中小企業の「跡継ぎ不在」が問題となったのは久しく、「家業の跡を継ぐ息子がいない」という主に家庭の問題として扱われてきました。しかし、経営者の高齢化や人口減少によって深刻化する事業承継は、今や日本の社会構造にも影響を与える問題であり、毎年発行される中小企業白書でもかなりの頁を割いて採り上げられています。
 今回は、事業を始めたら必ず考えねばならない承継についてお話します。

 なお、承継する「事業」とは何か、「企業」との違いなどについては、本シリーズの冒頭「経営とは何か」の「事業と企業」をご覧ください。本稿では組織面を強調して「企業」とする以外は、区別せずに使用します。

1.事業承継の問題

 経営者は、自ら事業を開始する「起業」か、他者から事業を引き継ぐ「事業承継」によって市場に参入します。そして引退するときは、他者へ事業を引き継ぐ「事業承継」か、事業を停止する「廃業」 によって市場から退出します。このように「事業承継」は、経営者の参入と引退が同時に行われることです。
 日本の中小企業の経営者の高齢化が進んでいることは、ここで指摘するまでもありませんが、下図のように高齢化のピッチは急速であり、その理由の一つは事業承継が進んでいないことだと言われています。

年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布  「中小企業白書 2019年版」 より

年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布

 因みに、日本全体の開廃業率を見てみると、開業率は1988年の7.4%をピークに減少に転じましたが2000年代は緩やかに上昇推移し、現状(2017年)は5.6%。廃業率は1996年以降増加傾向が続きましたが、2010年に減少傾向に転じ現状は3.5%となっています(「中小企業白書 2019年版」より)。
 廃業率が開業率を下回っているとは言うものの、経営者の高齢化や後継者不足を背景に、休廃業・解散する企業は年々増加傾向にあり、4万件台を推移しています(下図参照)。

休廃業・解散件数の推移

後継者不在率 ・・・後継者が決まっていない企業の割合
ひとくちコラム
 2019年の後継者不在率は65.2%。現経営者の全ての年代で後継者不在率が低下(改善)しました。
 地域別では関東・中部・北陸は低下(改善)し、四国・九州・東北は上昇(悪化)しています。
 また、2019 年の全事業承継のうち「同族承継」が34.9%に達しましたが、年々低下傾向にあります。
 後継者候補が判明する全国約95千社について見ると、最も多いのは子の40.1%。次いで非同族の33.2%となります。60代以降の経営者では子を候補にするケースが多いようですが、50代以下では親族や非同族を候補とする企業が多くなります。
後継者不在率
帝国データバンク2019年11月調べ

 事業承継がスムーズに進まないと、どういう問題が生じるでしょうか。
 前述のように事業を承継しなければ廃業するしかありません。そうなれば事業に投入されてきた経営資源の多くが失われてしまうのは明らかです。この経営資源は、人・資産・知的資産に大別されますが、具体的には次のようなものがあります。

経営資源

 これらの経営資源が廃業によって失われてしまうのは、社会的にも大きな損失であることは言うまでもありません。ちょっとイメージしただけでも、まず従業員が失業し、生産活動に使われてきた設備や器材が無駄になり、いろいろなノウハウが失われてしまいます。それに何より、頼りにされていたお客さんが商品・サービスの提供を受けられなくなり困ってしまいます。また、経営者の皆さんが事業を通じて社会に働きかけていた理念というものも消えてなくなります。
 そうならないためにも、事業承継は単に経営者個人の問題ではなく、社会的な課題として取り組むべきだというのが、近ごろ事業承継にスポットが当たっている大きな理由でしょう。

2.事業承継の実態

 では、事業承継の実態はどうでしょう。実際に事業承継した中小企業経営者と後継者との関係を調べてみると、子への承継が最も多く45.1%、配偶者や兄弟姉妹・孫・その他親族を含めると55.3%になります。これに対し、当該企業の役員・従業員は19.1%、社外の第三者へは16.5%でした。(下図参照)

事業承継した経営者と後継者との関係

 やはり子(含その配偶者)への承継が約半分を占めており、中小企業の経営者としてはそれが一番自然で安心でき、企業の内外も心情的に受け入れ易く、安定した承継が期待できます。
 一方、その企業の役員・従業員への承継も約2割あります。経営者の子が跡を継がないときは、一般的には苦労を共にして現経営者の考えや企業の実態をよく知る従業員の中で、経営能力もある人材に跡を継いでもらいたいのが、経営者の偽らない本音です。ただ現状は、金融機関等から後継者に求められる債務保証や、現経営者の株式買取資金の調達などの負担が過重な場合もあり、候補者が承継に二の足を踏む要因にもなっています(これらの問題解決に向けて関係機関が動きだしています)。
 親族・企業内に適材がいなければ、社外の第三者に承継することも増えてきました。相応の規模の企業なら、経営スキルの高い経営者を招致して経営を任せることも可能です。また、同業者や関係者の支援を仰いで、現経営者の影響力は残しつつ事業を承継する場合もあります。投資ファンドの(一部)出資とともに、派遣されるプロ経営者に事業を承継することもあります。さらに進めば、現経営者との資本関係を完全に解消するM&Aやファンド売却に発展し、事業は全く新しい人材・組織に承継されます。

3.事業承継をどう考えるか? (事業承継のビジョン)

 改めて事業承継を考えてみると、それは経営者の引退などを機に、企業の経営権や資産(設備・不動産・資金など)そして理念も含めた知的資産を後継者に引き継ぐことです。それは、
① 単に「次の社長を誰にするか」という経営ポストの承継だけではなく、
② 会社の経営権そのものである自社株を誰に引き継ぐかという所有(資産)の承継であり、
③ どう経営していくかという理念・知的資産の承継として、後継者教育の問題でもあります。

事業承継のビジョン

 中小企業では、大部分の株式を保有するオーナー経営者が一般的ですから、その地位を引き継ぐには株式譲渡が最も重要になります。まずは後継者を誰にするかを決め、経営権の承継とともに期間をかけて株式を譲渡する方法を考えて実行しつつ、同時に教育プログラムを実践していく必要があります。 ここで前項も参考に、事業承継にはどんなパターンがあるのか整理しておきましょう。

事業承継・売却のパターン

4.事業承継のプログラム

 これまで、事業承継の実態とパターンについて説明してきましたが、実際に事業承継に取り組む際はそれぞれの企業に適した方法を取らねばなりません。つまり、誰に・いつ・どうやって引き継ぐのかを予め計画し、時間を掛けて進める必要があります。とりわけ会社の株式を譲渡する必要がある場合は、その時点での譲渡価額や持ち分割合を慎重に決めねばなりません(価額決定と納税対応は必ず税理士さんにご相談ください)。
 次に、事業承継計画の見本として、中小企業庁委託事業ミラサポのサポートツールを載せますのでご参考にしてください。

事業承継計画

まとめ

 今回は、事業の承継についてお話ししました。皆さんの中にも、「息子がいない、息子が跡を継いでくれない・・・」と悩んでいる方や、廃業も考えている方がいらっしゃるかもしれません。でも、もう一度事業を承継する別の方法がないか考えてみてください。事業承継にはいくつかのパターンがあります。いろいろな支援制度もあります。一度私たち中小企業診断士に相談してみてください。
 社長さんが頑張って続けてこられた事業なら、きっと頼りにされているお客さまがいらっしゃるはずです。是非、早めに事業の継承に取り組んでください、大事なお客さまのためにも。

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≪執筆者紹介≫
吉本 準一(吉本経営オフィス)
中小企業診断士/証券アナリスト/日本経営診断学会理事
メガバンクと関連会社に約40年勤務し、千数百名の社長さんから、融資・運用・経営・営業・総務・人事など多岐にわたる相談を受ける。
現在も、経営の根幹に係る経営戦略、事業承継から、内部管理、人材育成等の実践現場まで、経営者の皆さんとともに活動中。
吉本 準一
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