経営者の方へ「事業承継・世代交代:後継者育成」
後継者育成
後継者を上手く育成できるかどうかは、単に事業承継の課題であるだけでなく、事業そのものの継続に極めて重要です。後継者は、創業者または先代経営者の事業に対する想いを受け継ぎ、従業員の期待を担って事業を運営せねばなりません。それは見よう見まねでできるほど簡単なものではありません。現経営者は、後継者(候補)を決めたら直ぐに「育成」計画を立てて実行していかねばなりません。
今回は、その必要性を理解できても実際は中々難しい、後継者の育成についてお話しします。
1.誰を後継者に
後継者育成と一口で言っても、誰を後継者にするかでその方法は全く違ってきます。
中小企業の場合は息子または娘に引き継がせたいと考える経営者が一般的で、実際にこのパターンの承継が約半数(45.1%「中小企業白書2019年版」より)を占めます。しかし息子・娘がいない、いても引き継がないということも多く、その場合は、兄弟姉妹や孫など他の親族の中から後継者を探します。
親族に候補者がいなければ、社内の優秀な役員・従業員を後継者とすることが多いようです。 会社が大きくなればなるほど、「血縁よりは経営能力」で役員・従業員から後継者を選ぶ傾向が見られます。ただし日常業務には優秀でも、経営能力に優れているとは限らないので注意が必要です。なお、経営者・ オーナーが株式・事業用資産を譲渡する場合、後継者の資金手当など育成以外の配慮も必要です。
社内にも後継者候補がいない場合は、金融機関や関係会社から人材の紹介を受けることもあります。社長が交代しても、金融機関や取引先等との信頼関係を維持できるというメリットがありますが、一方で社内から「どこの誰だか知らない人の下では働けない」などの反発が生じる可能性もあります。
ここに「後継者を決定した理由」についての資料があります(下図)。親族内か親族外かで違いがありますが、親族内であれば後継者の「引継ぎ意思」や「適齢になった」ことが大きな理由です。一方、親族外では「能力が優れていた」が一番で、次に「役員・従業員からの信頼」「取引先からの信頼」と続きます。親族内の後継者候補は本人の能力や周囲からの信頼がそれほど重視されておらず、見方を変えれば、そこが後継者育成としてのポイントかもしれません。
ここでは後継者の選び方は取り上げませんが、後継者の属性・経歴等によって、また何を求めるかによって、引き継ぐ方法も育成方法も変わってきますので、後継者を属性タイプで整理しておきましょう。なお、できれば前回「事業の継承」の事業承継のパターンもご覧ください。
2.後継者の育成とは?
後継者候補が息子や娘で、子供の頃から事業に親近感を持ち、親を見て経営者としての責任とやりがいを感じ取って事業継承に意欲的であれば、後継者育成は安心です。ただそう上手く行くのは、むしろ稀なようです。では、後継者をどう育成すればよいでしょうか。
まず、後継者に何を求めるのか、についてお話します。ここに、中規模法人の経営者が後継者に求める資質・能力についてのデータがあります(下図)。
全体では「経営を担う覚悟」が最も多いですが、従業員規模51人以上の企業では「リーダーシップ」が最も多くなり、従業員規模によって求められる資質に違いが見られます。とりわけ、「リーダーシップ」や「決断力」は規模が大きくなればなるほどより強く求められる傾向があります。
・ミッション(Mission) | 任務を明らかにする |
・バリュー(Value) | 守る価値・作る価値を明らかにする |
・ビジョン(Vision) | 目標・完成の姿を明らかにする |
・ストラテジー(Strategy) | 戦略を明らかにする |
・ゴール(Goal) | 達成点を明らかにする |
一言でいえば、チームの方向性を具体的に示し、全員が共通の価値観を持って目標に進むよう導くこと、これがリーダーシップです。上記の5つの要素を常に全員に共有させることがポイントです。
3.有効な後継者教育
経営者が有効だったと考える後継者教育についての調査(下図)がありますが、事業承継のパターンによって随分異なります。親族内承継では「同業他社での勤務経験」が最も多く、その経験を自社に還元することが長期的視点から有効だとされています。役員・従業員承継では「経営についての社内教育」が最も高く、経営者が直接行うことが有効だと考えられているようです。社外の第三者への承継では、まず自社の内容をよく知ることが重要だと考え「自社事業の技術・ノウハウについての社内教育」が最も有効だったとされています。
4.後継者育成の5つのポイント
以上から、後継者を育成する上で重要なポイントをまとめると、次の5つになります。
① 事業の本当の価値を分からせる
引き継ぐ事業について、売上高や利益等の財務情報、販売数や顧客数等の営業計数でなく、何を社会に提供して事業が成り立っているのか、お客さんはなぜ買ってくれるのか、という事業としての根源的な価値をしっかり認識させます。それによって、事業に対する愛着心が生まれ、それを継承することの責任も感じ、さらに現経営者に対する敬意の念も湧いてくるはずです。
② 後継者としての覚悟を早く決めさせ、自ら事業承継に取り組ませる
経営者という仕事は、大変でもやりがいがあって面白いことを後継者によく認識させ、本人がそのチャンスを与えられたことに感謝しつつ自ら継承する覚悟を持たせることが重要です。同時に事業承継は期限のある話で、その主人公は現経営者でなく後継者であることを認識させます。そもそも事業承継が成功したかどうかは、後継者が事業を存続・成長させてはじめて判断されるものなので、後継者が自ら事業承継について勉強し計画的に取り組むことで、成功の確率は高くなります。
③ 事業の現況を経理・総務で把握、利益の根源を現場で体験させる
経理や総務人事の仕事は専門的知識と経験が必要ですが、後継者も基礎的な簿記や会計の知識がなければ、生の計数から自社の状況を把握することができず、事業の全体把握もままなりません。一方、会社の利益を生み出すのは、本社の事務室ではなく営業の現場であり、生産の現場と言えます。これら現場の仕事を経験することで、お客さまが何を求めているか、商品の品質向上・生産拡大を図るためには何が必要かが見えるようになり、新たな仕組みを構築することができます。
④ 事業における意思決定を経験させ、その能力を鍛える
事業における意思決定は、慣れないうちは非常に重圧の掛かるものです。事業承継の期間中に、現経営者がどのような行動を取りどのような意思決定をするのかを見せ、後継者に実体験させることが最良の勉強になります。できれば一部権限を譲渡して、後継者に責任を負わせて意思決定させるのも一つの方法です。
⑤ 業界団体・地域団体・金融機関等で人脈を作らせる
企業は外部とのつながり無しでは、事業活動ができません。そのため、販売先・仕入先はもちろん、同業者や地域の団体にも後継者に顔を出させ、様々なパイプをつくらせるのが重要です。また金融機関にも帯同するなどして、承継後もスムーズな金融取引ができるよう前捌きしておかねばなりません。これらの人脈は、後継者が困ったときにアドバイスや支援を提供してくれる可能性もあり、現経営者の責任で構築しておくべきでしょう。
まとめ
今回は、後継者育成のお話でした。中小企業にとって、後継者を見つけて事業を承継することが中々難しい時代です。しかも承継のパターンによって後継者の属性から周囲の期待まで随分違いがあり、育成するのも一筋縄ではいきません。それでも、社長さんは責任を持って後継者を育成しなければなりません。事業承継そのものの成否の鍵を握るのは後継者育成であり、皆さんの事業を経営理念とともに次の時代に伝えてくれるのは、皆さんが育成された後継者です。
皆さんの会社で働く従業員、お客さま、取引先、そして何より社長ご自身のためにも、立派な後継者を育ててください。我々もお手伝いします。
吉本 準一(吉本経営オフィス)
中小企業診断士/証券アナリスト/日本経営診断学会理事
メガバンクと関連会社に約40年勤務し、千数百名の社長さんから、融資・運用・経営・営業・総務・人事など多岐にわたる相談を受ける。
現在も、経営の根幹に係る経営戦略、事業承継から、内部管理、人材育成等の実践現場まで、経営者の皆さんとともに活動中。