最近の香港
徳久 日出一
はじめに
1995年に香港駐在から帰国して以来、昨年はとうとう一度も海外に行かない年になりました。香港にも、一昨年の11月に東京協会の海外視察研修で訪問したのが最後です。ちょうど改革派の学生デモ騒動で、地下鉄の駅や街路の一部が破壊されていて、この40年間で初めて見た悲しい光景でした。その後、中国によって国家安全維持法が制定され、自由を謳歌していた香港は以前より住みにくい場所になったように感じられます。
これから香港はどうなっていくのか。外部から見る限り、社会不安が高まっている現状ですが、実際はどのような状況か報告したいと思います。
香港の歴史
歴史的に香港はもともと広東省の小さな漁港でしたが、アヘン戦争の結果、英国に不当に奪われた土地であり、約150年にわたって英国の植民地支配が続いていました。その時代、香港総督は英国から派遣され、直接選挙制度はありませんでした。
1941年になると、太平洋戦争勃発で日本軍が英国を撃退し香港を占領、1945年まで総督府を設置していました。第二次世界大戦後、再び英国の植民地となった香港には、技術や資本を持った外国企業や、1949年の中華人民共和国成立に伴い、それに反発する多くの中国人も流入して徐々に安定と平和を取り戻しました。
英国によるレッセフェール政策(自由放任主義)に加えて、朝鮮戦争やベトナム戦争による特需もあり、1980年代後半には、韓国、台湾、シンガポールとともに「アジアの四小龍」と呼ばれるほどの大きな経済発展を遂げました。
香港人の考え方
中国から逃れてきた多くの香港人にとって、今の中国に対する愛着や信頼は薄く、国家よりも自分たちの家族や財産が最も重要と考えています。彼らの人生観は実にたくましく、自分が成功して一族郎党が平和で裕福な生活をするためには、勤勉で努力を惜しみません。そのような人達の中から、香港ドリームを実現した華僑の実業家も生まれました。
また、戦後生まれの若い人たちは、自分たちは香港人であって中国人と言われることを嫌っています。1989年の天安門事件以降その傾向はますます強くなり、カナダやオーストラリアに移住し、そこで国籍を取得する人が増加しました。知り合いの女性弁護士などは、臨月近くになってからアメリカの親戚を頼って渡米し、アメリカで出産して子供にアメリカ国籍を取らせてから香港に戻ってきました。一言でいえば、政治と経済をはっきり分けて考えているのが香港人だと言えます。
『一国二制度』と『国家安全維持法』
1997年7月1日、香港は155年ぶりに中国に返還されました。しかも、中英両国により世界でも初めての『一国二制度』として、「50年間」は香港特別行政区基本法で「資本主義経済」「言論・報道・出版の自由」「集会の自由」などを認めることになっています。従って、香港では「外交」と「国防」を除いては、今まで通りの自由な活動ができるはずと思っていました。
ところが、返還から23年、中国の香港に対する締め付けが徐々に厳しくなり、『国家安全維持法』が制定されるに及んで、『一国二制度』が骨抜きにされると、いま国際的に注目されています。中国に対して、過激な行動や発言をすると逮捕される事件が実際に起こっており、中国側の体制や判断も23年前とは大きく変わってしまいました。
香港人の中でも、体制派と改革派に世論が二分されており、これからどのように進んでゆくか見当がつきません。体制派は中国本土の権威に頼りすぎ、一方、改革派は外国勢力の影響に頼りすぎているように見えます。香港自体の問題であるにもかかわらず、香港人の体制派と改革派が議論もしておらず、明らかにコミュニケーション不足だと思われます。
香港のビジネス環境
政治的、社会的にはいろいろな不安要素が増加してはいますが、経済的にはほとんど影響はなく、国際ビジネスにおける香港のポジションと優位性は今後も変わらないと思います。経済面では高度な自治が保障され、国際金融センターとしての位置づけや自由貿易港としての立場は不変です。香港の特徴は「中国であって、中国でない」ところです。その魅力ゆえに、世界中からヒト・モノ・カネ・情報が集まってきています。
ところが、2021年1月の香港JETROの分析レポートによると、香港拠点の活動方針について、日本本社側と香港側にギャップが生じてきているとのことです。日本側には過去の学生による反政府デモや抗議活動のイメージが残っており、また、不安をあおるような中国の香港に対する最近の動向など、日本で報道されるマスコミ情報の影響が原因です。
コロナの感染管理も治安も日本以上に徹底されており、社会秩序が保たれている限り、香港のビジネス環境は問題ありません。
最近のトピックス
2020年はコロナの影響で、ご多分に漏れず香港への来訪者が激減しました。観光都市香港としては観光業、旅行業、小売業、飲食業等は当然大きなダメージを受けました。また、世界最大級の展示会や商談会もすべてキャンセルされ、諸外国に対しての新しいビジネスチャンスも逸してしまいました。
その代わり、国内消費や食品の売上は大きく伸びました。中でも日本食品の売上増加は顕著で、生鮮食品を扱うスーパーや小売店は大盛況でした。その大きな理由は、香港で日本のファンが急増しているからです。日本への渡航者数は3年連続で200万人を超えており、香港住民の3人に1人は毎年日本に来ていることになります。グルメな香港人は本場の日本食に堪能し、日本に旅行できない今、日本食を求めて日本料理店や食料品店の上得意になっています。特に鶏卵、野菜・果実、日本酒、インスタント食品等に人気があります。
2019年7月に香港に進出したDON DON DONKI(ドン・キホーテの店名)は、今年の2月にもう7号店までオープンしました。日本から直輸入した和牛、鮮魚、青果が飛ぶように売れ、まさに破竹の勢いです。同じころ進出したスシローも6店展開しています。日本のコメと食材で作るおにぎりや総菜を販売している「華御結(はなむすび)」も、地下鉄の駅やオフィスビルへの出店もあり100店近くになりました。日本料理店は1,400店舗を数え、テイクアウトや客数制限をしながら頑張っています。
コロナが収束したら、またエネルギーを吸収しに香港へ行きたいと思っています。
以上