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経営者の方へ「働き方改革と生産性向上:ビジネスモデルの変革」

2021-03-13

ビジネスモデルの変革

1.導入

 新型コロナ第3波への対応として、2回目の緊急事態宣言が発動された中、ほぼ同時期全く異なる2つの報が飛び込んできました。
 江戸末期から続く老舗料理屋の閉店と某食品サービス業の「コロナ下、最高益」というニュースです。前者は、「従業員に給料が支払えるときに店閉まいする」という話で、8代当主の涙が印象的でした。後者は、非接触型ビジネススタイルへの変革を追求し、様々な顧客サービスに力を入れたおかげで創業以来最高の利益をあげることができました。
 以上のニュースに接し、私の抱いた疑問や感想は次の3点です。

①この老舗は、100年前に発生したペスト騒動の時はどう対処されたのでしょうか?
②常に備え(2年分)が必要だったのではないでしょうか?
③いかに変化に対処できるかが生き延びるポイントになります。

 ①については本日の議題から少しそれますので深掘りしません。また、②についてもその必要性を当主は充分ご理解されていたと考えますが、実際、対応が難しかったのでしょう。今回は、③について深掘りしたいと思います。
 決してこの老舗料理店の当主は、伝統にあぐらをかいていたわけではないと思いますが、いつまでも同じ事業を継続できる程、ビジネスの世界は甘くないということです。結局、事業環境の変化に対応できなかったのでしょう。

2.本論

 然らば、経営環境の変化にどう向き合っていけば良いのでしょうか?
 変化に強い経営体質作りにつきるのではないでしょうか。環境の変化に対応すると言っても簡単にはいきませんが、困難であるからこそ、普段からの備えが必要ではないでしょうか。しかし、「言うは易く行なうは難し」です。世の中のビジネス環境が大きく変化すればするほど、全く異なる業種で将来に備えた大黒柱的事業を見いだす必要があると考えます。端的に言えば、図1に示されているような富士フイルムが行なってきた経営手法です。2001年、富士フイルムとコダックはフィルム販売の世界的リーダーとして基本的に互角でした。(富士フイルムのシェアは37%、コダックは36%)。しかし、世界に於けるフィルムの売上は2000年をピークに急降下し、2005年には半減しました。

図1 事業の2軸化展開のイメージ
事業の2軸化展開のイメージ

 コダックが市場環境の変化に目をつぶってしまい、これまで築いてきたブランドにこだわり続けたのに対し、逆に富士フイルムは、今まで蓄積してきた技術資源や経営資源を活かし、自社の独自技術を新市場に新製品を生み出すべく、積極的にM&Aや社内ベンチャーキャピタル化にも取り組みました。この取り組みは、単に既存製品やサービスの拡張や多角化ではなく、単なるグレードアップ的な技術開発でもありません。第1軸の派生的な事業では、今日の大きな環境変化には対応しきれません。新しい文化やマインドセットを行なったのです。もちろん創業時は、第1軸の経営に集中すべきですが、経営サイクルのある局面からは第2軸化経営に着手すべきと考えます。経営トップの強いリーダーシップと常日頃からの意識付けが必要ではないでしょうか。図2に示されているように、第1軸の対抗軸になる事業の芽を適切な時期を見定めつつしっかり育てていくことが重要です。

図2 2軸化経営の製品ライフサイクル
2軸化経営の製品ライフサイクル

 第2軸の構築のために、第1軸の成長段階から体制を構築し始め、図3に示されるように、第1軸の成熟期で第2軸としての新たな事業を形成していくことが大切です。筆者が勤務していたホンダは、以前から同じ事業軸の中で異なる技術開発競争を強いる、「異質並行競争」なるものを展開していました。ガソリン車に対する燃料電池車であったり、ジェット機の開発であったりしましたが、所詮それらは第1軸の派生事業にほかなりません。人型ロボット、アシモの開発は、第2軸の事業を彷彿させるものがありましたが残念ながら頓挫してしまいました。ビジネスモデルの改革に休みや停滞は許されないのです。

図3 製品ライフサイクルと事業の2軸化
製品ライフサイクルと事業の2軸化

 このようなビジネスモデルの改革は、富士フイルムのような大企業に限った話ではありません。地方の中小企業でも実現可能です。次に地方の一中小企業が経営の2軸化に取り組んでいる具体例を見ていきたいと思います。

3.事例

 地方の中小企業でも「2軸化経営」に取り組んでいる企業、M社を紹介します。46年前に、金属熱処理業として創業しました。現在の従業員数は約50名です。
 2008年秋に発生したリーマン・ショックの影響で売上が前年の約1/4に落ち込み、工場閉鎖も検討せざるを得ないほどの窮地に立たされました。このままではいけないとの思いで異なる事業軸の構築を模索してきました。コンサルタントの指導も受けながら新たな事業を確立すべく努力してきました。幸い、農業に適した土地を既に所有していたこともあり、第2の今回のコロナ渦でも当社はなんとか経営を維持してきました。

図4 M社のグループ企業体系図
M社のグループ企業体系図

 「中小企業のくせに、なぜ本業以外に手を出すのか。そんなお金やマンパワーと時間があったらもっと本業に経営資源を投入すべきだ。」という声が強かったのも事実です。社員の思いにもかかわらず、社長は、「食は将来的にも大切なビジネスの種になる」との強い思いで実行に移してきました。
 外国人の採用をかねて東南アジアに出張した際、訪問先の岩塩に興味を抱き、発酵食品への活路も見いだしました。また、積極的なリクルート活動も実を結び、食ビジネスに前向きな地元人材採用も可能となりました。
 日本では、農業と工業には共通点があると考えられています。どちらも人の共同作業がベースになっているという点です。そして、両方には、様々環境の変化に対するレジリエンス(しなやかな強さ)が求められると考えます。M社は、工・農をうまくつなぐためにシステム化にも力を入れています。M社はシステムの共通化を図ることでより一層レジリエンスな企業を目指すことが可能になったといえます。

4.結び

 筆者は様々な業種の経営者の悩みを聞く機会を得てきましたが、創業の段階で、経営は長続きしないだろうと思われる事業主を多く見てきました。立場上「もうやめた方が良いですよ」とは言えませんが、本音では「やめた方が良い」といった事業主も散見します。最も悲劇的なのは、「引くに引けない」状態に陥っている事業主です。
 2軸化経営は何も大企業に限った話ではありません。
 筆者は、コロナの影響で飲食店から異業種に転換した中小企業を何社も知っています。昨今のビジネス環境の変化の大きさかを考慮すると、ビジネスモデルは中途半端な変革は許されませんし、普段から2軸化に備えた経営・組織体制を構築しておく必要があります。実際には、経営トップの2軸化経営に対する理解を前提に、客観的な視点を重視する意味で、専門家のような第3者を裁判官的な立場として上手に活用することを提案します。社内で激論が戦わされ、常に前向きな緊張感を維持していくことが大切です。

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≪執筆者紹介≫
野村経営コンサル 代表。中小企業診断士。東京都中小企業診断士協会三多摩支部国際部所属。1974年4月、本田技研工業株式会社入社、サプライチェーン・マネージメント、グループ会社の管理業務などに従事。米国、カナダ、マレーシアに駐在。2016年4月、中小企業診断士登録。同年、独立。中小企業のオーナーの困り毎に真摯に向き合い、課題解決に向け様々な経営改善・改革につながる提案を行っています。

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