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テレワークはなぜ日本で定着率が低いのか?

2022-09-04

三多摩支部国際部
永田俊博

新型コロナウイルスの出現は、社会に大きな変化をもたらしました。人と人との距離が制約条件となり、感染予防手段として全世界的にテレワークが普及するようになりました。一方で日本は他の先進国に比べ、今一歩定着度が低いのが現状です。
その理由を、欧米のテレワークの利用状況と比較しながら考察していきたいと思います。

 

テレワーク率

世界各国の全就労人口に対するテレワーク率を一つのデータでお見せしたかったのですが、地域に偏っていたり、古かったりで適当なものがありません。そこでGoogleのツールである(COVID-19:グーグル コミュニティ モビリティ レポート)を使って“オフィスワーカーがコロナ前(20年1/3~2/6の曜日別中央値)と比べ、22年8/26現在、どれくらい職場に復帰しているか?”を見てみます。
先進国の労働人口が安定しており、増減はないという前提で、基準値との差異がテレワークしている比率と想定します(職場復帰率の-を+にした数字がテレワーク率と想定)。
以下は米国における2022年8/26現在の職場の復帰率と過去6週間の推移です。


米国では以前より活用されていたテレワークが、新型コロナウイルスの感染によって更に広がり、最近は安定的に推移しています。上記数値から約26%の人々がテレワーク中と想定されます。在宅と出社を組み合わせるハイブリッド型の働き方が広がっております。
企業経営者の勤務形態に関する考え方も様々で、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、ハイブリッド型こそがすでに通常の勤務形態との認識を示す一方、「週40時間以上の出社」を求めるテスラのイーロン・マスクCEOのような経営者もおります。

 

欧州

同様にGoogleのデータによるとイギリス:-37%、ドイツ:-21%、フランス:-34%と出社率は米国より低い水準にあります(フランスはバカンス最終週の影響の可能性あり)。
コロナ禍でEUでもテレワークが急速に拡大しましたが、学歴、職種等による階層格差が大きい状況です。そのような課題解決に向けて、在宅勤務に関するさまざまな議論や法整備が進められています。たとえば、オランダは、「柔軟な働き方を保証する法律(フレキシブルワーク法)」が制定されています。また、業務時間外は従業員が会社からのメール等を受信しても返信しなくて良い「つながらない権利」を規定する加盟国は、フランス、イタリア、ベルギー、スペインはじめ数カ国に上ります。法制化が欧州の特徴の一つです。

 

日本

日本は8/26時点でコロナ前に比べ、出社率が11%低く、テレワーカーが11%前後いると想定されます。グラフ上で7/18と8/11に突出してマイナス幅が大きいのは、祭日(海の日、山の日)影響で、8月中旬は夏休みと考えられます。そのような特殊事情を除けば、7/15以降は概ね-10%の出社率であり、一時よりはかなり上昇しました。ただし、これはあくまで全国の平均で、大企業が集中する東京都はテレワーク率が高く、出社率は-24%です。

米フューチャー・フォーラムの2月の調査では、完全出社で働く人の比率が日本は50.9%と米国(34.7%)やドイツ(32%)などに比べ高く、対面重視の傾向が確認できます。
出社に関する企業の方針は多様で、ホンダが5月から原則出社に切り替える一方で、NTTコミュニケーションズは原則テレワークにしました。いずれにせよ、国内で明確な勤務体系方針を示せているのは、国内の大企業の一部にとどまっています。

国内の中小企業のテレワークの実態については、(株)東京商工リサーチの調査が詳しいのですが、全調査対象企業6,472社中、2022年6月の調査時に実施していると答えた企業は29.1%でした。2021年10月の調査時は37.0%だったので約8%減った事になります。更に顕著なのは下図の通り、大企業と中堅・中小企業の差です。
ただしこの数値は、テレワークをしている人が一人でもいると、“実施している”に分類されます。実際、従業員の10%が実施しているという企業が最も多い状況です。


出典:2022年6月22日東京商工リサーチ第22回「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査

 

日本でテレワークが進まない理由

日本でもテレワークという勤務形態が広まってきたとはいえ、ご覧の通り欧米と比べると浸透していません。それは「雇用形態」の違いに根本原因を見出せると思います。
欧米はいわゆる「ジョブ型」の雇用形態で、必要な仕事を設定し、それをこなせるスキルを持つ人材を募集します。「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」に示されている職務が、人事・賃金制度の判断基軸になっています。個人の仕事と責任の範囲が明確化されているので、主体的に仕事ができ、成果が昇給・昇格の判断基準になるため、勤務場所を選ばないのでしょう。それゆえテレワークと相性が良く、ジョブ型雇用形態が、米国のテレワーク
普及の下地になっています。「人が仕事につく」雇用形態とも言えます。

私も今の勤務先に入社後、新宿区で1年間の飛び込み営業を経て、米国の現地法人に赴任し、初めて事務の仕事をし始めました。日系とはいえ米国企業なので当然ローカル社員はジョブ型雇用です。そんな24歳の私が2年後に帰国して、本社の事業部に配属になった際、明文化されていない基準や、曖昧な仕事内容に違和感を覚えた記憶があります。

それがいわゆる、日本や韓国に多い「メンバーシップ型」の雇用形態のアウトプットなのでしょう。この形態は会社が、仕事を明確に設定しないまま一括大量採用された個人に、仕事を割り振ります。会社都合で、別の職務を追加で割り振られることも少なくないため、個人の仕事の範囲がどこまで及ぶのかがわかりにくくなっています。
採用時は能力やスキルというよりは人間性やポテンシャルを重視する傾向にあります。長期雇用が前提で、バランスの良い人を長期間、様々な部署を経験させジェネラリスト的な幹部を育てる意図もあります。「仕事が人につく」ので、仕事の成果よりも“人”に賃金を支払う雇用制度でもあり、勤務時間や勤続期間を評価して給料が決まるため、勤務時間を測定しづらいテレワークとは相性が良くないと思われます。

そんな日本固有の雇用形態がテレワークの広がりを妨げる一方で、導入した中小企業から意外な効果が表れてきています。
それは今年5月中~下旬に東京商工会議所が東京23区に所在する中小企業652社を調査した際、テレワークの実施効果として、働き方改革の進展と業務プロセスの見直しがトップ1,2に上がっていた事です。


出典:中小企業のテレワーク実施状況に関する調査 東京商工会議所 22年6月

調査対象企業からは“テレワークの導入に伴って業務プロセスの見直しを行なった。その結果、効率化・簡素化できた仕事もあり、今後とも業務プロセスの見直しを行いつつテレワークを継続したい”との声がありました。これは、業務遂行過程を間近で監視できないため、遠隔で管理する際にチェックポイントを設けて成果を確認していく必要に迫られたのだと推測します。そうなると業務プロセスの見える化や標準化が必要になり、テレワークの実施に伴い、曖昧だった個々人の業務範囲や仕事の手順を明確化するきっかけになったと推測します。

 

診断士としての機会

時折、海外に進出した中小企業の子会社が成果型の報酬体系を取る際に、日本本社が“どのように設計・管理すればいいかわからない“というお困り事を聞き及びます。コロナ禍で必要に迫られて導入したテレワークですが、日本の本社もこれを機に先ずは業務分掌を整備し、目標管理による成果型評価を導入し、ジョブ型への移行を検討するのもいいかと思います。
国内の少子高齢化による労働力人口の減少は速いテンポで進んでいます。オフィスに定時出退社する画一的な勤務形態では、必要な労働力を確保できない可能性が高まっています。今こそ、多様な働き方と共に、テレワークを推進し、働きたくても育児や介護等で通常の勤務形態で働けない潜在的な労働力を活性化する好機と思います。そしてその実現のために、顧客である企業の業種や業態を見極め、改善の余地があると判断された場合は、従前の雇用形態を見直し、社内体制を成果主義に移行する支援をする事は、我々診断士の仕事の一つかもしれません。

以 上