日本の中小企業の在り方について思うこと
三多摩支部国際部
野村 昌明
1.はじめに
2022年2月24日を境にして、欧州最大の経済大国ドイツの存在感は大きく変質しています。ロシアのウクライナ侵攻から9か月が経ち、エネルギー資源を大きくロシアに依存しているドイツは苦慮しているようです。一方、このウクライナ侵攻が日本に与えている影響はドイツに比べ軽微といっていいでしょう。しかし、日本はまだまだドイツに遅れをとっていることがあります。それは、中小企業の労働生産性です。
国際通貨基金(IMF)によれば、日本の労働生産性は大幅に低下し、今日(2022年推計値)では、OECD諸国36か国中28位という位置づけで、19位のドイツの後塵を拝し、OECDの平均値をも下回っています。このように衰退する日本を取り戻すためにどのような対策を打つべきでしょうか。答えは、より成熟した社会の形成を求めつつ常に産業力を高めることでしょう。そして、その産業力の源は、健全な中小企業の発展であると考えます。
今回は、ベンチマークとしてドイツを据えることがふさわしいと考えました。なぜなら、両国の産業形態は比較的似ているからです。製造業を中心とした産業構造が似ており、勤勉、誠実な労働者を有するところも似ていると言えます。欧米の中で人口動態や国土、経済システムなどが類似し、良好と思えるドイツの中小企業政策と比較することで、日本の中小企業政策の改革につながるものと考えています。
2.日本の中小企業の現況と問題点
(1)日本の中小企業と中小企業政策
1975年以降1995年までの間、日本企業は約170万社増えましたが、そのうち、約150万社が従業員数10人未満の企業です。最も生産性が低く、給料が少ない企業です。そして、それらの企業の多くが20年経っても従業員数10人未満のままで、成長していない状況です。日本には、「成長しない小さな会社」が数多く存在しているのです。
2019年末から流行した新型コロナウイルス感染症に影響を受けやすい業種を中心に、大企業が「減資」を行って中小企業化する事例が増えています。資本金1億円超から1億円以下に減資し、税制上の大企業から中小企業に扱いが変わる企業は、2020年度の997社(資本金1億円超から1億円以下に減資し、税制上の大企業から中小企業に扱いが変わる企業は、2020年度に997社(前期比39.4%)と急増しており、2021年度も上半期(2021年4~9月)だけで684社に上っています。大企業が資本金を1億円以下企業に減資することで中小企業になれば、外形標準課税(注1)の適用が外れ、繰越欠損金100%使用することが可能です。法人税正上、ある期に欠損金(赤字)が生じた場合、翌期以降に生じた黒字と相殺して課税所得を減額できます。課税所得から控除できる欠損金の額は、資本金が1億円超の企業では課税所得の50%までが限度であるのに対し、資本金が1億円以下の企業では、課税所得の全額を控除できます。資本金が1億円以下の中小企業であれば、法人税等の負担について法人住民税の均等割額以外は生じなくなり、一定の要件のもとで、年間800万円までの交際費が損金として認められ、税制優遇を受けられる可能性があります。
これでは、日本の中小企業は、企業の成長に向けた努力はしなくなるに違いありません。
(2)ドイツの中小企業と中小企業政策
ドイツの中小企業の生産性は日本の約1.5倍も高いわけですが、注目すべきは、中小企業の労働分配率が大企業より高いため、中小企業の生産性が高くなると賃金の貢献度合いも大きくなる点です。ドイツの大企業の平均社員数は日本の7割程度にとどまっていますが、中小企業の平均社員数は日本の2倍強です。小規模事業者でも日本の約1.5倍で、生産性と賃金水準を重視した結果であると言えます。
ドイツでは競争力のない中小企業は「ゾンビ企業」と呼ばれ、国民の中にゾンビ企業を永らえさせようという発想自体が存在しません。ドイツの中小企業は、大企業を凌ぐペースで成長し、付加価値および雇用者数の双方で大きく伸び、黒字化率は大変高い状態です。雇用を吸収し、失業率の低下に大きく貢献しているのは大企業よりもむしろ中小企業です。
日本の大企業の営業利益率は比較的高いのですが、売上規模が小さくなるにつれて営業利益率が低い構造となっている一方、ドイツは売上規模と営業利益率は比例せず、中小企業も大企業に劣らない営業利益率を誇っています。
ドイツの社会的市場経済観は市場に於ける自由な競争の促進と社会的公平の両立を基本として展開してきました。中小企業政策は、50年代及び60年代には、市場支配を意図した競争制限及び市場支配力の汎用に対する規制が行われると共に、中小企業の競争条件の改善及びその一環としての中小企業の組織化の促進等が実施されてきました。
その後、70年代には経済環境の変化に伴い構造政策としての中小企業政策という視点が見られるようになり、構造政策の基本的な考え方は、市場経済における有効な競争を前提としつつ、同時に、工業社会に於ける絶えざる変化の中で企業者及び被雇用者が直面する問題に対して適宜に応えるという点にあったのです。この中で、中小企業については、経済的弱者というよりはむしろ産業経済の活力の維持・発展に重要な貢献をなすものとして積極的に評価がなされています。中小企業に対する構造政策の主要な目的は、中小企業の活力の向上と構造変化に対する効果的適応によって工業社会に於ける中小企業の存立能力と競争力を確保することであると考えられています。
また、ドイツでは、各州等地域における中小企業政策の進展も注目されます。ドイツでは伝統的に州の力が強く、中小企業の振興法が制定されてきました。また、各州の中小企業振興法の助成の基本原則は、市場経済に於ける有効競争の確保の観点から、自助の助成を基本とするものとされています。
ドイツ企業は、ドイツの製造業を支えてきた伝統的なマイスター制度の強みを活かしつつ、一方の最新のデジタル化技術を磨き上げ、中小あるいは小規模のファミリービジネスが経済活動の重要なポイントを占めてきました。また、ドイツが際立った輸出業績を出し続けている基盤の要因に、中堅企業の世界市場リーダーシップがあります。有力な同族経営のコングロマリットが、傘下企業に高い自律性を与えていたことを示すものです。
ミッテルシュタントといわれ、大企業と一線を画し、同族性を持った、「中堅企業」や「中小企業」としての意味を指し、独立性、従業員の満足度、雇用維持や創出などが評価されております。この存在が、ドイツの中小企業の力強さを表していると言えます。
ミッテルシュタントの特徴は、下記8点に整理できます。
①同族所有であるため、外部資金を調達して成長しようとはしない。
②競争力の源泉を製品の質、イノベーション、技術に焦点を当て、ニッチな市場に焦点を当てている
③ドイツ特有の人的資源開発システムであり、職業教育、実習制度を通じて、人的資源の育成、開発を果たしている。
④分権化を通じた組織構造によって、意志決定が従業員と経営者との間でフラットに日常的なコミュニケーションでなされる。
⑤長期的な視点で計画や意志決定が行われ、長期的な視点を持つが故に、同族の経営者や所有者だけでなく、従業員や供給業者といった取引先、地域コミュニテイなどのステークホルダーも重視している。
⑥生産の柔軟性である、景気の季節変動に応じた労働時間調整などがある。
⑦ミッテルシュタントが立地する地元の資源(協業企業、人々など)を用いることでグローバル市場での競争力を向上させる。
⑧グローバル市場を視野に入れた高い輸出比率を維持している。
日本の中小企業がすべて、ドイツのミッテルシュタントを目指す様にと主張するつもりはありませんが、その機能と長所を十分理解し、より日本の中小企業基盤の強化に活かしていくべきと考えます。
3.日本の中小企業改革に向けた政策提言
中小企業政策の改革はどこから着手すべきでしょうか。
ここで、3つの解決策を提言したいと思います。
(1)解決策その1
一つ目の解決策は、中小企業の定義の見直しです。資本金の大きさによる区分をやめ、売上高の大きさで区分する方式に変えることです。ドイツの人口の約1.5倍を有する日本は、少なくともドイツと同様の500人程度にすべきであり、企業で働く従業員の数を増やし、ドイツ並みにすることでより企業基盤が強固なものになるものと考えます。日本が守るべきは企業数ではなく働く人の数だからです。
中小企業に関する両国間の大きな違いは,次の二点と考えます。
①ドイツは、資本金でなく売上高で区分していること。
②ドイツの中小企業の従業員数を500人未満(日本は300人以下)、小規模企業は49人以下(日本は20人以下)と日本よりも大きい人数での区分けをしていること。その結果、ドイツの中小企業は、日本のそれと比較して、従業員数を多く抱える中小企業が数多く存在するといえると考えます。 中小企業の数の比率は、日本の99.7%に対し、ドイツもほぼ一緒です。
(2)解決策その2
二つ目の解決策は、採算性の悪い業者への有機的、機動的な支援体制の構築です。
一口にゾンビ企業と称し、町の電気屋さんなどの個人事業主の全てを切り捨てなさいというつもりはありません。ソーシャルワーカーならぬソーシャル企業の存在は今後も守っていく必要があると思います。単に従来型の補助金などで支援するのではなく、企業基盤の強化に資する施策が重要です。中小企業はリソースの不足を互いに補完するため、従前から様々な形で企業間連携を推進してきましたが、近年のグローバル化の進展やAIやIoT技術の劇的な進化に伴い、その「つながり方」が大きく変わろうとしています。
例えば、アパレル企業などと、縫製の仕事が好きで技術もありますが、育児や親の介護などの理由により自由に働けない潜在縫製士をつなぎます。
この事例は2020年度の中小企業白書に記載されていますが、オーガナイザー役として、「MY HOME ATELIER」がIoTを活用した技術指導や助言を行い、縫製士が自宅にいながら能力を最大限発揮できるよう縫製士の能力や経験などのデータが個別に管理できる独自カルテを作成し、アパレル企業の要望に迅速に対応できる体制を構築します。
全国各地に存在する商工会議所などがそのオーガナイザー役を担うことが期待されます。
(3)解決策その3
三つ目の解決策は、不平等取引の解消に向けた取組の推進です。中小企業の低生産性は、日本経済の二重構造といわれている親事業者と下請け企業の関係にも由来しています。
公正取引委員会が2019年度に指導・勧告した下請け法違反は8023件で、12年連続で過去最多を更新しました。発注企業が自社の働き方改革に伴って生じた費用を下請けに肩代わりさせるケースが目立ちます。
長年、親事業者との売買に関する基本的な取引契約書を見てきた筆者の経験から、いかに不平等な取引契約が多いかを痛感しています。実際、買い手にとって優位な取引条項を散りばめ、優越的な地位を押し通してしまいます。買い手にとって都合の良い取引契約書を呑まなければ、「取引しないぞ」と脅すだけで、中小企業はその理不尽と言える親事業者の主張に従わざるを得ないのが実情です。
最初に手がけるべきは、不公正取引関係の消滅を目指した商法の改正です。厳しい罰則規定の設定です。「やりどくをなくす」ことです。
親事業者は自らに責任がかからないように取引契約を締結し、注文書などの取引データは一方的に指示する形式にし、注文数量や時期の変更が頻繁に行われても、常に弱い立場の下請け業者が泣き寝入りをせざるを得ないという実態があります。このような「下請けいじめ」は、巧妙かつ陰湿です。
金型保管についてもしかりで、補修用部品の供給に当たり、多くの親事業者下請け事業者に対し、金型保管料も支払わず、必要に応じて、旧価格での対応を求めてきます。契約書には明確な規定がなく少しでも苦情を言おうものなら取引先の変更をほのめかされてしまうのが実情です。
解決策としては、効果のありそうな施策を今まで以上に徹底して実行していくことだと思いますが、最良の解決策は、下記①の対等な取引関係の構築であると考えます。
①中小企業の地位の向上(対等な取引契約書の締結)
②ルール違反に対する罰則規定の厳格化(親事業者に対する取り締まりの厳格化)
③法令遵守の厳格化
④内部通報制度の普及・徹底
⑤監査チェック体制の充実(国税庁の監査のような抜き打ちチェック)
上述②~⑤の解決策は抜本的なものとは言えないと思います。
ドイツの事例に鑑みると、日本の各地域の中小企業は垂直統合型の系列取引への依存度を押さえ、幅広いバリューチェーンを包含する事業戦略に舵を切り自立的経営スタイルへの構造転換を図っていく必要があると考えます。
この際、現在の経営者に向かって、『従来型経営スタイルからの脱却』を声高に叫ぶだけでは、全く解決になりません。日本は中小企業の経営基盤整備に向け大鉈を振るう必要があると考えます。
4.まとめ
今、ドイツは、ロシアのウクライナ侵攻の影響により大きな危機に立たされています。一方、その危機的なドイツのGDPが日本のそれを追い越すことが確実になって来ました。日本の将来にとって、衝撃的な事件と言えるでしょう。
行き過ぎた中小企業優遇策であってはなりません。従来の日本の中小企業政策に絡む様々な問題点をこの際、洗い流さなければならないと考えます。
元来、経営に値しない企業体質を有する企業は存続させるべきではないということです。残念ながら、今日の日本にはゾンビ企業が数多く存在していると実感しています。
企業経営は人生と類似したところがあり、山あり谷ありで、好調なときもあれば不調を来す場合があるでしょう。景気が良いときは企業が儲けを独り占めし、今回のような災害が発生し赤字になったら全面的に補償を求めるというのであればあまりにも虫が良すぎるといわざるを得ません。
様々な災害に遭遇したときにも山の時は利益を独り占めし、谷の時は公的支援に依存するというのでは経営とは言えないと思います。
そもそも企業経営は楽なものではないはずです。平常時であっても、普段からリスクマネージメントを怠らず、企業活動の足腰を鍛えておく必要があります。
マネージメント能力が欠如しているにもかかわらず、公的支援をし続けることが果たして許されることなのでしょうか。公的機関が守るべきは企業者数ではなく、雇用者数でなければいけないはずです。
今回筆者は、日独中小企業の比較を通して、今後の方策について述べてきました。
これらの方策の早期実行を期待します。
注1:外形標準課税・・・事業所の床面積,従業員数や資本金などの外観から客観的に判断できる基準を課税標準として税額を算定する課税方式。行政サービスの便益を享受している企業がそれに見合った税を負担するという,応益負担の原則を課税の根拠としている適用から外れます。
以 上