日本の自動車産業のゆくえ
三多摩支部 国際部
野村昌明
日本の自動車産業は100年に一度の変革期を迎えている。
自動車メーカーで長年働いた経験を持つ者として、このテーマを取り上げてみたい。
日本は、「失われた30年」で、数々の敗戦を続けてきた。家電、半導体、液晶、太陽光パネル、風力発電敗戦など枚挙にいとまがない。大手メーカーが日本を含む世界の主要市場で、去年1年間に販売したEVの台数は、アメリカのテスラが129万台余りと最も多く、次いで、中国のBYDが87万台余り、アメリカのGM=ゼネラルモーターズが70万台余りと、海外メーカーが上位を占めている。日本メーカーは、フランスのルノーと提携している日産自動車と三菱自動車工業が3社合わせて31万台余り。トヨタの実績はさらに下回る。日本メーカーの存在感は高くないのが実情である。
この先、自動車産業まで敗戦を喫してしまうのだろうか?
2022年の自動車輸出金額は17.3兆円、自動車関連産業の就業人口は554万人にのぼる。全就業人口6,667万人の8.3%に相当する。このように自動車産業は、日本経済を支える重要な基幹産業としての地位を占めている。
一口に電動化といっても、単にEV(電気自動車)などを普及させればいいといいタ単純なものではない。従来の自動車産業は、完成車メーカーを頂点とし、その下に、ティア1、ティア2…といったサプライヤーが位置するヒエラルキーを形成している。車が電動化するというは、完成車メーカーのみならず、完成車に部品を供給するサプライヤーを含めた「サプライチェーン」全体を再編する必要が生じる。さらに、もし国内にのべ約6万社のサプライヤーを抱えるトヨタが崩壊したら、日本経済は瀕死の状態に陥ってしまうであろう。ガソリン車をEVに替えるというのは、自動車産業の構造を根本から変えてしまうほどのインパクトを持っている。世界的に後れを取ったのではないかと喧伝されている日本のEV自動車であるが、巻き返しを図ることが出来るのであろうか。結論を導き出す前にもう少し実情に触れてみたい。
今年4年ぶりに自動車ショー(ジャパン モビリティショー)が開催された。特にEV自動車に注目が集まった。会場でひときわ注目を集めていたメーカーのブースがBYDだ。BYDブースで、ステージの中央に鎮座していたモデルが、海獣シリーズの一員であるフラッグシップサルーンのSEAL(アザラシ)だ。ちなみに、日本市場においてはテスラ モデル 3 や BMW i4といったBEVサルーンがシールの直接的なライバルとなると見られる。なお、シールは2024年春頃に日本に導入される予定である。BYDは7~9月最高益を計上したが、中国国内市場では各社の新車攻勢を受けてシェアは頭打ちである。BYDは次の成長源は海外とみているようで、タイやブラジルに加え欧州など5か所以上で国外工場の建設を計画ないし検討している。
テスラの23年7~9月決算は純利益が44%減の約18億5000万ドルとなり、2四半期ぶりの減益となった。トヨタは23年4~9月期の決算は、売上高が前年同期比24%増、純利益が2.2倍となった。新型コロナウイルス禍前と比べ大きく円安が進み、供給網の正常化で生産台数も当時の水準を超え、値上げ効果が原材料高を吸収した。生産台数の増加や車種構成の改善、値上げ効果などが営業増益要因となる。「25年3月期まではトヨタが上回るかも知れないが、先行開発が一巡すれば再びテスラが逆転する可能性はある」という見方をする専門家も存在する。
筆者は下表の通り、世界の代表的自動車メーカーの比較を試みた。
中国の優位性は、EVの最も高価な部品であるバッテリーで最も顕著だ。EVのバッテリーセルの80%超が中国で生産されている。その上、中国メーカーは、リチウム、コバルト、マンガン、レアアースメタルなど構成鉱物の採掘と加工がますます国の手に委ねられているサプライチェーンに支えられている。中国のバッテリーパックの価格は容量加重平均ベースで1キロワット時当たり127ドル(約1万9000円)であるが、北米と欧州の価格に比べそれぞれ24%、33%安いとされている。今のところ中国が勢いを増して生きているのは事実だが、そのまま中国が世界のEV市場を席捲するという結論を出すのは早計だと思う。
トヨタがこれまでEV自動車に大きく舵を切ってこなかった理由がここにある。以下その理由の一端である。
EVバッテリーは、極端な高温や低温では性能を発揮しない。例えば北米の冬は、EVの航続距離や充電時間に大きな影響を与える。Green Car Reportsが実施した22年の調査によると、EVドライバーは冬場の走行距離が30%減少することに気付いた。自由に使える航続距離が短くなると、EVドライバーはより頻繁にプラグを差し込む必要がある。などなど、EV自動車が世界の自動車を折檻するという時代の到来にはまだ時間がかかると思われる。EV自動車市場においては、日本は周回遅れの状況であるが、優劣に決着がつくまでにはまだ時間は残されていると考える。希望的観測かも知れないが・・・。
以 上