日本で唯一の経営コンサルタントの国家資格を持つ中小企業診断士の集団です

マレーシア・先進国への道

2024-01-24

三多摩支部国際部
櫛田 正昭

1.はじめに

昨年2023年11月末から12月にかけて、東京協会(T-SMECA)の主催するマレーシア視察団に参加し1週間という短い期間ではありましたが、最近のマレーシア経済・産業・社会状況に触れてきました。もちろん観光も楽しんできました。

視察団では参加者が種々のテーマを与えられて数ページの簡単な印象記をまとめています。例えば、マレーシアの政治・経済、歴史、文化・宗教、観光資源、工場訪問記録、料理、紀行文等々です。報告書は春には刊行されますので、皆様是非ご高覧ください。で、私の担当は、なぜか、「マレーシアの産業政策」ということだったのですが、マレーシアが、なぜ、経済成長の優等生になれたのか、探ってみました。その答えの一部を報告したいと思います。
私が見つけた答えは、マレーシアの長期的視野に立った、超長期・長期・中期経済計画の策定とその実行努力です。

2.マレーシアの産業構造

(1)マレーシアの安定した高い経済成長
マレーシアは、図表1に見るように、GDPは近年概ね4-7%程度の安定した経済成長を続けています。一人当たりGNPでは2022年は12,471米ドルでありASEAN諸国の中ではシンガポール、ブルネイに次ぐ高さとなり、まさにASEANの優等生となっています。一人当たりGNI(名目国民総所得)は1万米ドルを超えて、世界銀行の定義する「上位中所得国」(3,996米ドルから12,235米ドルまでの国)にランクされています。こうした経済成長は、長期的視野に立ったしっかりした多様な経済計画の策定・実施努力の賜物です。

 

 図表1:マレーシアのGDP成長率推移(出所:マレーシア統計局HP)

(2)最近の産業構造
マレーシアGDPの総額は2022年度で合計45.74兆円相当(マレーシア統計局資料に基づき1リンギ=30.27円で換算したJETRO資料による)となっています。GDPの産業別構成比をみると、サービス業56.3%、製造業24.1%、農業6.6%、鉱業6.4%、建設業3.5%となっています。かつて大きな割合を占めていた農業・鉱業に代わって、後述する長期の国家経済計画のもと取り組まれた工業化政策の下で製造業の比率が高まってきました。
製造業の中でも「電子部品・家電・通信機器」のカテゴリーは大きく伸びておりGDP構成比の5.7%を占めています。主要輸出品目を見ても、半導体・太陽光・LEDの3主要分野が牽引する電機・電子製品が全輸出額(2022年度で1兆5517億リンギ)の38.2%を占めているのです。その他のカテゴリーでは、食品製造がGDP構成比2.8%、石油製品同2.8%、化学製品・医療品が同2.4%、ゴム製品同0.8%等となっています。
サービス業では、卸売が同7.3%、小売が同8.4%を占め、更に情報通信関連(同6.6%)が近年大きく成長しています。先端技術分野における研究開発、エンジニアリング、メンテナンス、IT分野(データセンタ―等)へのシフトが着実に進んでいると思われます。
農業関連では、かつて大きなシェアーを占めていた天然ゴムは今や0.1%の構成比に過ぎません。パーム油は、比率は下げながらも、GDP構成比2.4%、全輸出額構成比8.9%と第1次産業の中核的地位を占めています。
鉱業では、天然ガスがGDP構成比3.5%、原油2.3%と比率は低下しながらも、重要な産業セクターとなっています。かつて大きな構成比をしめていた錫は見る影もありません。

 

3.マレーシア産業政策の変遷

(1)長期的な経済計画によりマレーシアの安定的成長を実現
1963年にイギリスから独立した時、マレーシアの産業構造は天然ゴム、パーム油、錫等一次産に頼る形となっていましたが、今やマレーシアはASEANの中でも最も工業の発展した国の一つとなりました。その経済成長の裏には、国の置かれた状況を踏まえ、その都度、超長期・長期の「経済政策」・「ビジョン」等が策定され、更に原則5年の中期的な12次に亘る「マレーシア計画。Malaysia Plan」、及び諸「関連計画」等の策定が行われ、目標に従った国家運営が行われてきたことがあるのです。最近でこそ政権交代が行われているマレーシアですが、長く「国民戦線(BN)」が議会で多数を握り比較的安定した政治がおこなわれ、「開発独裁体制」と言われる体制が維持されてきました。マハティールは1981年から2003年まで首相の地位にあり(2018年に「希望連盟」から出馬し2020年2月まで再度首相に就任)、ルックイーストの考え方を掲げマレーシアの工業化を推し進めてきました。以下独立後の経済計画の大きな流れを概観します。

(2)経済・産業計画の変遷
①12次に亙る「マレーシア計画」(MP=Malaysia Plan)
まず、「マレーシア計画」という中期計画ですが、期間原則5年でもう60年近く綿々と策定が継続してきています。1966年に策定された第1次計画は、農業・農村開発に重点を置いた開発政策でした。パーム油・天然ゴム等の拡大、農業の発展を狙いました。また輸入代替産業の創設が目指され、投資奨励法(Investment Incentive Act)が制定され、輸出指向工業振興が打ち出されました。現在(修正後)第12次計画が進捗中です。後述NEP、Vision2020、NDP等の超長期経済計画に沿って策定されてきています。

②新経済政策(NEP=New Economic Policy) 1971-2000
民族間の経済格差の縮小と貧困撲滅の方針が打ち出され、第1次産業の近代化、工業部門の高生産性分野への移行、重工業化推進(製鉄、セメント、自動車等)が示されました。ブミプトラ優遇政策が明示されましたが、必要に応じ、弾力的な取り扱いもなされています。自由貿易区法(Free Trade Zone Act)が制定されるとともに、種々の優遇策が与えられ外国企業の進出が活発化しました。

③ビジョン2020(Vision2020) 1991-2020
マハティール首相が30年後の未来像として発表したもので、最上位の長期・国家運営基本方針でした。あらゆる面での先進国入りを目指し、1991年以降30年間の年平均GDP成長率7%、所得水準8倍を設定しています。

④国家開発政策(NDP=National Development Policy) 1991-2000
ビジョン2020をベースに、策定された10年の経済計画です。工業化の一層の推進に向けた産業構造の高度化を目指し、技術集約型産業や高付加価値産業への転換のビジョンを示しています。情報通信産業の育成、研究開発の促進、民間部門の競争力強化が目指されました。まさに、テーマとしては十分先取りされているという気がします。1997年の通貨危機にも拘らず、10年間のGDP成長率は当初目標7%を達成しました。

⑤国家ビジョン政策(NVP=National Vision Policy) 2001-2010
労働集約型産業から知識集約型産業へのシフト、製造業では、ハイテク産業への移行、サービス業では観光、医療、金融、情報、運輸等の産業を育てる方針が示されました。地域格差の是正、首都圏以外の地域の経済成長も目標として示されました。第8次、第9次MP(マレーシア計画)が策定され、年平均7.5%の成長率が設定されましたが、実際には4.3%と大幅に未達であり、「中進国の罠」に陥ったとされました。

⑥マレーシア新経済モデル(NEM=New Economic Model for Malaysia) 2010—2020
この「中進国の罠」から脱却し、「高所得」、「国民全体の発展」、「持続可能な経済発展」を目標とし、下記8つの戦略的改革政策(SRIs=Strategic Reform Initiatives)を提示しています。即ちⅰ)民間部門の再活性化、ⅱ)質の高い人材育成・外国人労働者への依存縮小、ⅲ)経済競争力の強化、ⅳ)公共部門の強化、ⅴ)透明で市場志向的な政策、ⅵ)成長に向けた基盤(知識・インフラ)の強化、ⅶ)成長産業の開拓支援、ⅷ)継続可能な成長の確保です。実現できたかは別として、時代の大きな流れを認識したうえでの目標設定ができています。

⑦国家変革計画(NTP=Nation Transformation Program)   2011—2020
政府変革プログラム(GTP=Government Transformation Program)と経済変革プログラム(EPT=Economic Transformation Program)の2つからなっています。12の重点経済分野(NKEAs)、131の出発点プロジェクトを設定しました。「民間主導・政府支援型」経済システムへの移行を目指しました。
2020年の目標は国民一人当たりGNI 15,000米ドル、新規雇用創生330万人、投資誘致額4,440億ドルと設定しました。

 

3.直近の経済政策(MADANI)

2022年12月の総選挙で「希望連盟(PH)」が勝利し、アンワル・イブラヒム政権が誕生し、2023年7月新たな国家政策「MADANI経済政策」が発表されました。それに基づき2023年9月には「新産業マスタープランが発表され今後のマレーシアの経済政策の方向が示されています。

(1)「MDANI経済政策・国民力の強化」
アンワル政権の最初の総合的な国家政策です。MADANIとは「持続可能性、繁栄、革新、尊敬、信頼、思いやり」のマレー語頭文字から付けた現政権の政策理念であり、高コスト、低賃金、低利益、競争力欠如の悪循環に陥っているマレーシア経済を今後10年間のうちに悪循環から脱却させ、国民所得増加や国家経済の再構築をする方針が示されました。そして次記7つの具体的目標を掲げています。<(  )内は現状。JETRO資料による。>
①GDPで世界トップ30入り(世界37位)
②世界競争力指標(GCI)で世界トップ12入り(世界27位)
③国民生活の豊かさを示す「人間開発指数(HDI)」で世界トップ25入り
④従業員報酬のGDP比を45%へ引き上げ
⑤汚職や腐敗を示す「腐敗認識指数(CPI)」で25位入り(世界61位)
⑥財政赤字のGDP比を3%以下へ抑制
⑦女性の労働参加率を60%へ引き上げ
国際競争力向上や投資誘致強化などを通じて、5.5%超のGDP成長を目指したいとしています。

(2)新産業マスタープラン(NIMP=New Industrial Master Plan)2030
MADANI経済政策を達成するための実現手段として、産業構造の変革に向けたミッションや優先事項を網羅し、産業部門の将来を方向付ける包括的な枠組みを示しています。具体的には成長を実現するための6つの目標として、「経済複雑性の向上」、「高付加価値の雇用機会創出」、「国内産業間の連携拡大」、「新たな産業集積の開発と既存集積の改善」、「包摂性の向上」、「ESG(環境・社会・ガバナンス)の推進」を挙げています。そして4つの具体的なミッションとして、①経済の複雑性推進、②国家のデジタル化に向けた技術力向上、③脱炭素の推進、④経済安全保障と包摂性を確保が示されました。
数値目標としては、2030年までに製造業の付加価値を2022年比で年率6.5%増、雇用創出を同2.3%増の330万人、給与の中央値を年率9.6%増引き上げるとしています。

(3)修正第12次マレーシア計画(12MP)
第12次マレーシア計画(12MP)については、2021年の前政権(イスマイル・サブリ首相)時に作成されていましたが、今次政権の下で、MADANI経済政策に対応して全面的に刷新されています。

図表2 修正後第12次マレーシア計画目標(出所:JETROビジネス短信)

今後は「持続可能、繁栄、高所得」をテーマに、①持続可能性の強化、②豊かな社会発展、③高所得国化に焦点を当てて17の指針と71の主要戦略が進められます。具体的には、高付加価値化・高成長が見込まれるデジタルテクノロジー、電気・電子、農業、レアアースなどの分野に注力が見込まれます。
また、中小企業の強化、高度人材育成推進が強調されています。
脱炭素政策として、2023年8月に国家ああエネルギー移行ロードマップが示され、2050年までに達成すべき数値目標が設定されました。

 

4.おわりに

1963の独立当時は、マレーシアは一次産品に頼る脆弱な経済状況にありました。然し、上に見たように、マレーシアは、超長期の国家ビジョンを含む各種の国家経済計画、12次にわたるより精緻な中期計画(マレーシア計画)、関連諸計画の策定と実行により、世界の経済状況が刻々と変化する中で、苦難を超えて着実に成長してきたことを確認しました。
今回調査団の一員として現地を訪れマレーシアの活気に触れ、過去の経済計画の内容を学び、将来のビジョン、経済政策を確認して、「新産業マスタープラン2030(NIMP2030))の下、マレーシアの先進国仲間入りもそう遠くはないと強く感じた次第です。日本の中小企業にとって、安心して提携・進出できる国の一つになっていると確信しました。

以 上