日本の労働生産性はなぜ欧州より低いのか?
三多摩支部国際部
池田真一郎
10月4日の石破新総理の所信表明演説の中に、「賃上げと人手不足緩和の好循環に向けて、一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現してまいります」という言葉があった。
確かに日本の労働生産性は低い。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2023」によると、日本の労働生産性はOECD加盟38か国中30位である。生産性の上位には、ルクセンブルグ、アイルランド、ノルウェー、スイス、デンマーク、オランダなどの欧州諸国が、5位のアメリカを交えて並んでいる。
<出典:労働生産性国際比較2023 日本生産性本部>
それではなぜ日本の生産性は、世界ナンバーワンの自動車メーカーをはじめとした国際競争力の高い産業をいくつも抱えているにも関わらず、GAFAMを持つアメリカはともかくとして、これらの欧州各国に比べてこんなに低いのだろうか?
石破総理の演説の中にはその原因として「コストカット型の対応」という言葉がある。30年にわたるデフレ経済の中、デフレの進行に合わせてコストを削って利益を確保せざるをえない経営環境が生産性を下げたという一面もあるだろう。
<出典:労働生産性国際比較2023 日本生産性本部>
しかし日本の労働生産性が低いのは今に始まったことではなく、高度経済成長期の高いインフレ下の1970年、1980年には20位、日本経済が世界を席巻していた1990年においても生産性の順位は13位であり、決して高くはなかったのである。
筆者は、このように日本に生産性の低さの原因が語られる時に「一番肝心な本質的なこと」が語られていないと感じざるを得ない。
筆者は「労働生産性の高い国」の一つであるオランダに3年ほど住んでいたことがある。その「生産性の高い」オランダは経済的に豊かで住み心地の良い素晴らしい国なのであろうか?オランダの住み心地は、正直なところ、日本の環境に慣れた身としては「不便極まりない」ものであった。
まず多くのお店は夕方6時、遅くまで営業している大手スーパーなどでも8時には閉まる。日曜日は休みである。従って忙しい勤め人にとって買い物ができる唯一の日は土曜日となり、土曜日のお店のレジは長蛇の列となる。土曜日の夕方に買い物に行っても生鮮食料品の棚はほとんど品切れで、必要なものを買うことはできない。日本のコンビニのような24時間買い物ができる環境はなく、レストランなども日曜は休みなので、土曜日にうっかり買いそびれると月曜日まで何も食べられないということになる。しかもスーパーで売っている野菜や果物は、よくチェックして買わないとカビが生えていたり腐っていたり。かたや日本では24時間365日買い物ができ、その品質も圧倒的に高い。
ここで両国の「労働生産性」について考えてみよう。
オランダでは1日10時間週6日の週60時間買い物ができ、日本では週7日24時間、週に168時間買い物ができるとしよう。買い物可能な時間は日本はオランダの2.8倍である。では、日本人がオランダ人の2.8倍食べるかと言うと、もちろんそんなことはない。食べる量は同じである。なので、商圏内人口が同じとすれば、商圏内の全ての店の総売上額は日本もオランダも同じである。
ということは、同じ売上を上げるときの労働投入量は、オランダは日本の2.8分の1となり、労働生産性はオランダのほうが2.8倍高いということになる。
さらに言えば、売っているものの品質も比べ物にならないくらい日本の方が高く、日本のスーパーでカビの生えた果物をつかまされることはまずない。それは、日本のスーパーが手間暇をかけて商品の品質を守っているからである。
日本の生産性、特にサービス産業の生産性が極端に低いのは、日本の圧倒的な「便利さ」「品質の高さ」の裏返しなのである。
日本人は、生活の質と便利さを、生産性の低さと引き換えに享受しているとも言える。
日本でも1970年代ごろまでは、24時間営業の店などはほとんどなく、盆や正月もお店が閉まるのは当たり前であった。またかつては安いモノは品質が悪く、いいモノは高いことは当然であった。しかし、バブル崩壊後のデフレ経済の中で日本人は頑張って、便利さや品質を上げていった。
いつだったか、日本の「生産性の専門家」と思しき人が「日本人は頑張っている『のに』生産性が低い」、というようなことを言っていて愕然としたことがある。この人は「生産性」の専門家でありながら「生産性」というものを判っていないのではないか?日本人は頑張っている「のに」生産性が低いのではなく、頑張りすぎている「から」生産性が低いのである。
なので、日本の生産性を上げるためには、今少し「頑張るのをやめる」ことが必要なのではないだろうか?コンビニは24時間開いていなくてもよいし、盆や正月くらいは全ての店が休みでも良い。日本人は、少しくらいの不便さには慣れましょう、ということである。
ここのところの考え方を根本的に変えていかない限り、日本の生産性は上がっていかないと考えるがいかがだろうか?
以 上